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ジャックの帰省から二年後。
ジャックが自らの物語を街談機関に捧げ、対価の情報を受け取ったその日。ジャックとその父親は、玄関口で曇天を見上げていた。
葉巻をふかし、古い話を語る父は物静かだった。二人の友人を失った悲しみも、ずっと前に飲み下していた。
父の語る長い話が終わった後も、ジャックは無言だった。
かの女性が過ごした輝かしい旅路も、その無残な最後も想像を絶していて、どのような言葉をかければいいのか、ジャックは答えを持ちえなかった。
息子の困ったような複雑な表情を見て、父であるケチャは肩をすくめた。
「同情することじゃないさ。君にとっては、ただ迷惑なことだってだけの話だ」
「……そりゃあ、そうだ。どういうきっかけがあっても、道を踏み外した末に俺にとばっちり喰わせたことを許せるわけじゃない。ただ……」
ジャックはその先を言い淀んだ。ケチャもあえて指摘しなかった。
キリンの過去を踏まえた上で、振り上げた剣を最後まで振り抜くのか、それとも鞘に収めるのか。それを決めるのはジャック自身だ。
キリンのことを知りたいと願ったジャックに情報を伝え終わった時点で、ケチャの父としての役割は終わっていた。
「……なんというか、こんな繊細な話の代金が、俺の不出来な作文だってのが申し訳なくなってきた」
今後のことは一度棚に上げておいて、ジャックは何とも言えない顔でぼやいた。ケチャはやれやれと首を振り、自信なさげなジャックを激励した。
「もっと自信を持ちなさい。仕事の傍らで、随分頑張って書いたじゃないか。書類仕事をしていたわけでもないのに、最初から意外なほど文章がわかりやすくて驚いたんだよ、僕は」
「そりゃどうも……裏社会人のくせして、書面契約にくそうるさいオーガのおっさんの薫陶を受けたお陰かな。
けどいいのかよ?俺の書いた話、抜けてる情報も多かっただろ?あんな穴だらけの文章載っけても、誰も読まないんじゃないのか?」
当然のことながら、ジャックは自分が見聞きしてきた以上のことを知らない。裏クエスト屋の店主の謀略や、オールドレンドア島でのキリンと呪術王の戦いなど、詳細を知りえない事象については書くことができなかった。
他ならぬ作者自身が全貌を書くことができない以上、余人が読んでも理解できないのではないか……ということを、ジャックは懸念していたわけだが、父は笑って否定した。
「そこは心配いらない。君が知らない話は、他の端末の持ち主が補完するはずだ。衛兵か、泥棒か、警官か……君を知る、君を直接見てきたヒトビトが、話の筋が通るように、各々の知る情報を君の記事に書き足していく。無限の碑の『噂話』はそのように形作られるんだ。
もっとも、あくまで『筋が通っている』だけで、その話が丸ごと真実である保障はない。各々が真実だと思う事柄を習合しても、辻褄が合わないことは往々にしてある。なぜなら、ヒトは悪意があり、誤解をし、イメージを十全に伝達できない生き物だからだ。構成する物語に誤った情報が混じった時点で、どんな物語も誤謬に成り下がる。そして、第三者が本当のところを追及するすべは基本的にない。それ故に、無限の碑の語ることは、ただの噂話として、眉に唾を付けて聞いておくくらいがちょうどいいんだ」
ケチャは滔々と持論を語った。
いかに広大な掲示板(データベース)であろうと、かけらほどにも信憑性がないのであれば、それはただの街談巷説の群れとなる。それが故に街談機関。虚構と事実が入り混じる、真実なき大図書館。
その知識をもって重要な意思決定を行えば、たちどころに痛い目に遭う。できることといえば、そんな話もあるんだね――と、聞き終わった後にひとしきり笑って忘れることだけだ。
だが、「話半分に聞いてほしい」という前提でしか話せない、そんな物語を書き残すなら、これほどぴったりな場所はない。
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