ジャックは改めて、自らの不明を恥じた。二年の修行を経てなお、キリンと自分の間の実力差はろくに埋まっていなかった。ここまで渡り合えてるだけ上等と思った方がいい。
同時に、またひとつ確信した事実があった。
――こんなに強いなら、カワキなんか三回殺せてる。こいつ、ずっと本気なんかじゃなかったんだ……!
今の自分でこれだけ苦戦しているのだ。二年前、まんまと懐に潜り込まれた呪術王カワキが、こんな達人に勝てたわけがない。
あのときは、『紫色のドラゴン』だの何だのの鬼札を切ったことで、カワキがキリンを退けたのだと思っていたが――恐らく、違う。この調子なら、邂逅一発でとどめを刺すことすらできたはずだ。
単に、キリンが手加減していただけだ。ジャックに手柄を譲るという、ただそれだけのために、呪術王カワキを殺す千載一遇のチャンスを不意にしたのだ。
その事実に、ジャックは怒髪天を衝く怒りにかられた。
「……自分勝手もいい加減にしろっ!!いい歳して、仕事を放り投げてやりたいことしかやらねえってのが、どんだけ恥ずかしいことか知らんのか!!」
「――今度は説教する気?」
ジャックの罵倒に、キリンは片眉をぴくりと震わせた。決闘に水をさされたのが気に障ったようだが、ジャックは構わず続けた。
「そんなに強くて、カワキの野郎をぶっ殺せねえわけなかったろうが!!全部俺のためって言っといて、世界を滅ぼすリスクを放置してちゃ世話ねえよ!!」
ジャックは逃げるのをやめて、キリンに真っ向から殴りかかった。顔を狙った拳骨は、キリンの長い腕であっさりと捌かれる。
当たらないのを承知で、ジャックは攻め続ける。両手を固く握りこんで次々とジャブを放つ。キリンもまた両腕をしならせて、ジャックのパンチを正確に撃ち落とした。ぱぱぱぱぱっと軽快な音が響いた。
殴りつけながら、ジャックは激情を吐き続けた。
「どんな雇い主か知らねえが、自分から請け負った仕事だったんだろ!?そいつを自分のわがままで散々に引っ搔き回して、まるまま放り出すんじゃねえ!!
ポポムのやつも、化け狸の野郎もめちゃくちゃ困ってたじゃねえか!!仮にも組織の頭はってるやつが、半端な仕事して部下を困らすんじゃねえよ!!
挙句の果てに、こんな地の果てまで逃げやがって!!怨念返しだって旅費は安くねえんだ馬鹿野郎!!」
ガッ、と、ジャックが放ったフックがキリンの顎に入る。ジャックの悪罵を聞いたキリンが一瞬硬直し、鉄壁の防御網に穴が空いた。
キリンが体勢を崩す。チャンスだ。いや、本当にそうか?こんな都合よく隙を作れるもんか?ジャックの脳裏に疑念が浮かんだが、好機を見送る判断には至らない。
左手首を折って、法被の袖を触る。袖口に隠したものに指を引っかけ、一気にかき出す。取り出した道具を、キリンの右手首に押し付けようとした。
呪文を封じる魔道具の手錠、マホトン錠である。呪文を得手とするキリンに、呪文封じを仕掛ければ、大幅な戦力ダウンは免れない――!!
一瞬の閃光が、ジャックの視界をかすめた。カシィィンッという甲高い音とともに、虎の子の手錠が空を搔っ切っていった。
地面に落ちたマホトン錠を横目で見ると、二つの輪をつなぐ鎖の部分にクナイが絡まっていた。先ほどジャックが落としたクナイだ。
袖から取り出した勢いのまま、手錠を指に引っ掛けるだけだったため、キリンが投げたクナイに簡単に絡めとられた。クナイを奪われたことも合わせて、ジャックの二重のミスが千載一遇のチャンスを奪い取った。
キリンの両腕が、ジャックの両手をガシリと掴んだ。ジャックが状況を把握したころには、既に手遅れだった。
「――仕方ないでしょう。こんなに心をかき乱されるとは思わなかったんだもの!」
バチィィィンッという轟音が、ジャックの股間から響いた。キリンの下段蹴りが、ジャックの某を容赦なく打った。
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