――身の内の毒を吐き切ったキリンは、内心穏やかだった。濁流のような呪いを受けたジャックは、血の気が引いていた。
二人の決闘の明暗は、このときほぼほぼ決まったようなものだった。ジャックの未練は呪いの前に叩き潰され、晴れてキリンは自由の身になる。死んでいい身分になる。
死にたいという、キリンの望みが叶うことが、この決闘の落着である。キリンはそのように思っていた。
キリンの予想を裏切るものがあるとすれば。
「――仕方ないだろう。そう思っちまったんだから」
それはジャックに、呪いを受けきる覚悟があったことだ。
キリンの胸がドンッと押しのけられる。唯一自由だったジャックの右手が二人の間に挟まれ、小さな密室が引き裂かれる。
「歯ァ食いしばれ」
脇を締め、手のひらを顔の前に。ジャブを打つように、ふいっと振り抜く。パシンッという乾いた音が響く。キリンの左頬に、ジャックの平手打ちが当たった音だった。
キリンにとっては今さら、なんてことない一撃のはずだった。これまでの人生、もっと痛い攻撃ばかり受けてきた。そのはずなのに、これは。
びりり、と紙を破くような音が響いた途端――しわの入ったキリンの顔に、ヒビが走り、仮面のように割れた。
***
「今のキリンは、不死身なのかもしれない」
そんなとんでもないことを、ケチャは息子に向かって言った。
ジャックとケチャの契約が成り、ケチャが『自身の知るキリンの全て』の情報を教えていたときのことだ。突拍子もないことを言い出す父に向かって、ジャックは胡散臭そうな目をした。
「……あー……真面目に言ってる?」
「冗談を言っているように見えるか?」
「見えないから聞いたんだけど……そうですか、不死身」
ジャックは目頭を押さえ、大げさに天を仰ぎ見た。
不死身。おとぎ話の魔王かなんかじゃなく、現実のヒトをそう称するケースは初めて見た。対策も何もかも馬鹿馬鹿しくなるフレーズである。
ジャックは確かに、キリンという人物を『殺しても死ななさそうな超人』と認識しているが、本当に不死身の怪物であると思っていたわけではない。現実の話をしているそばで、そんな荒唐無稽な形容詞が飛び出してきたら、真面目に考える気も失せてしまう。しかも冗談ならいざ知らず、信頼できる情報源なら尚更である。
オーバーな仕草で「もう何にも聞きたくありません」というジェスチャーをするジャックを、ケチャは静かに見ていた。冗談を言っている様子は微塵もない。そのあくまでも真面目くさった態度に、ジャックは否応なく毒気を抜かれてしまう。
頭痛を無視し、居ずまいを正したジャックは、改めてケチャに質問した。
「聞きたくねえけど聞くよ。どういう根拠でそう思ったの?」
ふすと鼻息を吐いたケチャは、回想するように目を閉じて話し出した。
「そもそもの発端は、実は他ならぬジャックのことだ。ある筋の情報で、君が連帯保証人絡みで大きな借金を背負い、ある借金取りの女に焚きつけられて、日夜後ろめたい仕事に励んでいる……ということを耳にした。ヴェリナード魔法戦士団を抜けた後の、君の状況を知ったのは、それが初めてのことだった。
当時はまあ……色々驚いたし、失望もしたし、怒りもしたよ。今こうして落ち着き払って話ができるようになるまで、実は相当時間がかかったんだ。どんな理由があるにせよ、自分の子供が裏社会に入り浸っているということは、やっぱり悲しかった。
そして、怒りはそのまま借金取りの女に向いた。未熟な息子を悪の道に引き込んだ、悪辣な犯罪者……ジャックの親として、一発殴ってやらないと気が済まなかった。
その情報筋を締め上げて、その借金取り……メルトアの居場所を吐かせた後、僕は一人でその女に会いに行った。メルトアという女がどんな性悪な顔をしているかと思って、裏路地に入ってきた女の姿を睨んだら、知ってる顔がそこにはあった」
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