時は少しさかのぼり――
【姫主アーミラへの襲撃から一週間後】
「……」
コツコツと苛立たしげに爪を打ち付ける音が響く。
姫主まおんは机を打つのをやめた。小さくため息をつく。
先日何者かによって攻撃された双子の片割れアーミラは、いまだ意識を取り戻していなかった。敵が分からない以上どんな攻撃をされたのかも、治し方も分からない。アーミラは今、宮殿の奥深くにかくまわれていた。
「私に何も言わずに倒れるなんて……」
当てつけだ。分かっていた。
本当は防げたかもしれなかったとは、口が裂けても言えないのだから。
まおんはもう一度ため息をつく。
「……さて」
夜の瞳を前に向けた姫主は、呼び鈴をいつもより強めに鳴らす。
やってきた使い魔に留守を言いつけると、まおんはその場を立ち去った。
心はすでに決まっている。やるべきことはただ一つ。
「とりあえず、魔界貴族領辺りから探しましょうか」
――さっさとアーミラをたたき起こすこと。
「ああもう、全然見つからないじゃない」
「なんで魔界一のライブラリにも治療法が残っていないわけ?」
「っていうか腹立つわ。呪いの可能性しか浮上しないじゃないの」
「仕方ない、下りますか――」
「こんなところかしらね」
パシュン――
音がして、城下の入り口に一筋の光が降りた。淡い光は空気に溶け消え、そこに現れたのは一人の人間の少女だった。濃く短い茶髪に赤い瞳を持った美少女だ。
その様子を見ていた兄弟は興奮して、少女に駆け寄った。
少女はごく普通の見た目をしていたが、只者ではないことは明らかだ。
長距離移動呪文――ルーラは太古に滅びた呪文だが、その力を宿したアイテム「ルーラストーン」がこの世界には存在する。大方少女もそのアイテムを使ったようだ。そしてそのアイテムを所持し使うことができるのは今では上級の冒険者のみとされているのだ。
ここ、桜都カミハルムイにもルーラストーンを使って冒険者がやってくる。だが兄弟は、こんなに幼い所持者に合うのは初めてだったのだ。
「ねえねえおねえちゃん、ぼーけんしゃのひと!?」「どこから来たの? 凄えなあ、そんなに若いのに石を持っているんだ!」
無邪気に尋ねる兄弟に……
「気安く話しかけるな下賤なアストルティアの血を持つ子らよ。私は魔界宮殿が双角の姫主であるぞ」
そう言って少女は都の中に歩き去った。
兄弟はぽかんと口を開けてその背中を見送った。
少女は――魔界宮殿の姫主まおんは、不機嫌を隠そうともせず都をかっぽしていた。元々悪かった機嫌を先ほど会ったエルフの兄弟がさらに悪くしてくれた。
(五種族ごときが高位魔族であるこの私に近づき、あまつさえ地に這うこと
アストルティア
もせず話しかけてくるとは。これだから野蛮な地は嫌いだ……)
アーミラにかけられたであろう呪いの正体も治療法も、魔界中を探したが見つからなかった。ならば残された道は、五種族や人間や竜の民が住まうこの地に赴き、それを見つけること。
まおんが人間に変装し捜索を始めてからもうひと月が過ぎようとしていたが、何一つ手がかりもつかめないまま今日四つ目の大陸を終える。
(ああ、もう全然終わらないじゃない! ええっと、ここと魔界とは時間の流れ方が違うから……)
魔界の時間にして、おおよそ二週間が過ぎたというところだろうか。五大陸の次は、レンダーシア、ナドラガンド……とまだまだ残っている。
魔界でそうしたように大々的に魔術を使って探すことは、できない。この地は神々の守護が強いため、魔族としての魔力が使いにくいのだ。現に先ほどのルーラも、グレン城から二回もワープしなければなかった。
わずらわしい。
だがまおんにはアーミラしかいない。彼女のために尽力するしか道がない。
アーミラが襲われた時のことを考えると、自責の念が体中を埋め尽くす。怒りと恐怖がそれに拍車をかけていた。
「だいいち、あの子供が言っていた石って何なのよ。石……ストーン……?
ル ー ラ ス ト ー ン
あ、長距離移動呪文付与魔具……?」
そんなことを呟きながら、とある邸宅の前を通りかかった。