「さてさてッ!☆ 次の依頼主は何処に居るのだ? というかここは何処だ? ふむ、方向音痴とか萌え要素詰め込みすぎかっ! さすがの☆アイドルしのたん☆も此れ以上は搭載できないしな…」
「あの…お祓い師殿、玄関はこちらで……」
「うむ、これは致し方ないな。窓から失礼するとしよう☆ 天袋、しっつれいしまーす! おおっ、此れはなかなかに立派な屋根裏で…ってゲェッホゴッホ! なんぞ、なんぞこの埃の量は…! だ、だがしかし我は大丈夫だ。此処から脱出致す!!」
「お祓い師殿!? 玄関から出てくださいよ! っていうかもう屋根裏ですか!? 速いな!」
「ご主人、またの依頼待っておるぞ! さらばっ、とーーーーーーーう!」
「…………」
まおんはふと、嫌な予感を覚えて真横の邸宅を見つめた。
何か奇声が聞こえ気がしたが…。
「……」
どこにもなにも見えない。夕刻は人通りが少ない、堀の近くで犬が散歩しているだけだった。
だが、まおんは魔族の敏感な第六感で、明らかに何かが近づいてきていることを察していた。
コンマ一秒ほど考え込み、
「……上か」
空を見上げた。
案の定上空には人影のようなものが見え、奇声をクレシェンドしながら慣性の法則に従って落ちてくる。
原因はどうでもいいし、当人の落下後についてもさして興味はわかなかった。よって姫主はその場を動き、また歩き出そうとしていた。
ああ、そうだ、彼女は確かに動けたのだ。
動けるだけの反射神経は持ち合わせていたし、一切の迷いもなかった。
そうだ、まおんは動けたはずだった。
だが――
まおんは脳から末端神経への指令を止めた。
ようするに、止まった。
アーミラ以外の他人に興味などないまおんは、落ちてくる人影にとある記憶を重ね、その場にとどまったのだ。
「…………しの?」
もうすぐ近くまで迫った人影は、その問いかけに反応した。
「おおっともしや、おかみ殿! おかみ殿であるのか!? おかみ殿頼む、どっけてっくれーーーーーい☆!!」
その時になってようやくまおんは止めた指令を発動させた。
その「しの」と呼ばれた少女に気を取られ身の守りをおろそかにしたことに、今ようやく気づいたかのように。
まおんが後ろ飛びによけた瞬間、しのは盛大に落下した。
「うぴいいいいいいいったあああああああああああ!!! 痛い痛い痛いぞ、なんだこれは何だこの痛みは! いってえええい!」
しのは落下した。
天袋から全速力で窓を飛び出し、なぜか上に激しく飛び落ちた。
だがまるでケガなどなかったかのように立ち上がり、自分を見てひどく――の表情を浮かべていた少女の避けた先を見た。
しのは超一流のお祓い師であったが、真っ当な師もおらずに独学でその道を究めた者である。さらにその性格の破天荒さとも相まって、術がしっちゃかめっちゃかになることもしばしばだった。
時には幽霊のとりついたツボに十倍の悪霊を宿らせ、時には迷子の幼子を喜ばせようとして出した風船をアストロンで鉄の像にしてしまった。
自分の力がろくでもないことはわかっていたが、たいして落ち込むことはない。
だが――
「おかみ殿、おかみ殿っ! 生きておるかぁああーーーっ!」
これはやばい。
もしもマジで運悪く変な術がかかっていたら、マジでやばい。マジで。
冷汗は尋常じゃないほど流れ、ミイラになってしまいそうだった。
ふと、視界に白い煙をとらえた。
ちょうど少女が避けたであろう場所である。
「よかった! おかみど……の………………――」
――眼前には、明らかに土煙ではないであろう量の、真っ白な煙。
やらかした。
しのはそう思った。