「やっばい、超やらかしてしまった…」
しのは、先ほどまで煙の立ち込めていた場所を顔面蒼白になって見つめていた。
プクリポ
そこには、毛玉がいた。
「…………」
少女がしのの暴走術によってプクリポになったのは明らかだった。
これはヤバい。生命の危機。
そろりそろりと逃げ出してみる。
幸い少女はまだ呆然としている、今なら気づかれな――
「どこへ行くの、しの?」
――いわけがなかった。
「おっ、おかみ殿聞いてくれ! 違うのだ、まさかおかみ殿がこんなところにいるとは思いにもよらず! おかみ殿にクリティカルヒットするとは思いにもよらず! 此の通り土下座でも何でもするので、ひいてはお見逃し願いたい次第ッ!」
生きるためならプライドも捨てる。そんなしのだったが、
(ふむ…)
こっそりとのぞいた「おかみ殿」の表情は、しののよく知った性格には到底当てはまらないものだった。
上で口を真一文字に結んでいる少女は、魔界宮殿と呼ばれる辺境の城に住まう魔界の高位魔族であった。通称「魔界宮殿の姫主」――城主の双子の片割れ、その名をまおんといった。
姫主たちとは以前からなんやかんやあっていろんな縁があり、まあまあの付き合いなのである。
だからその冷酷にして平等、慈愛は持つも慈悲は持たぬという性格はよーーーく知っていた。
ならばそのまおんが、どうしてあの時…しのが落下してきたとき、安堵の表情を浮かべた?
「…しの」
「ふへいっ」
「お願いがあるの」
そしてしのは、見た。
気高き姫主が、自分よりもはるかに身分の低い者に
頭を下げるのを。
絶句するしのに、まおんは
「ついて来てほしい」
とルーラを唱えた。
しのとまおんは、アストルティアから消えた。
「ふむ、いや…そうであったか…そんなことが…。いや、もうよいよおかみ殿! 分かっておる、確かにこれは我の専門分野のようである。相分かった何としてでもアーミラ殿を目覚めさせてみせようぞ!
だから、その…
泣きたいときは、泣けばよいのだ…」
まおんが案内したのは、魔界宮殿の隠し部屋である。ここは姫主の使い魔でさえもその存在を知らないという、秘密の部屋だった。
質素な部屋の中央の、質素な木造りのベットの中央に、ぐったりと動かない美しい陶器の人形のような少女が横たわっていた。
「おお、アーミラ殿…」
しのは恐る恐る近づく。軽く頬に触れてみたがもちろん反応はない。
まおんが見守る中短く触診を済ませると、唸って振り返った。
「おかみ殿、何とか解呪できそうだ」
「…! ほ、本当…?」
「うむ。この、魔族の白魔術エリート様に任せれば、ちょちょいのチョイである!」
かたん、とまおんは椅子に座った。小さく呟く。「アーミラ…」
背中を震わせる姫主を、しのは準備体操に集中していて見えなかったふりをした。
「…そう、なら今すぐにその子を。こんなところでいつまでも眠ったままじゃ何の役にも立たないもの。…頼んだわよ、ええと…『お祓い師』殿?」
「ぬぁっ!? おかみ殿、冗談はよしこさんだゼ☆! 我はあくまで人間界になじむために需要のある『お祓い師』を名乗っているだけで、本職は『白魔術師』であること、知っておるのだろう!?」
「ええ、知っているわよ。その変な願いのせいで魔界では疎まれていることもね。ほら、早くして」
「うぴいいいいいいいい!」
奇声をあげながら、しのは姫主の言いなりになった…。
「いつも思っているけれど、あなたの魔術って奇怪ね…」
「ふぃー…今日も疲れたゼ…」
夜の王都カミハルムイに、くたびれて背伸びをする人影が一つ。
「たっだいまー☆ 我、帰宅せし!」
「あっお帰りなさい! 待っていたんですよ、ここ数日帰ってこなかったから…」
「うむ、少々重要な用があってな。それよりちゃんと白夜と仲良くして居ったか?」
「お師匠様、僕はちゃんとおとなしくしていました。でもこンの奈亜美のバカがまた…」
「なんですって!? 悪いのは白夜じゃないの!」
「お、落ち着けーい!」
そんな会話をしながら、人影は民家の中に消えていった。
「そういえば我、誰かに何か頼まれていた気がしたが…ふむ、気のせいかな?」
「「お師匠様、聞いてる!?」」
「う、うむ!」
人影が消えて。
同時に、空間が少しだけ歪んで別の影が現れた。
その影はしばし民家を見つめると、
「…許さないっ!!」
そう、叫んだ。