彼女は
自然と共に生きる我らが誉れ高きエルフである。
エルトナに根を下ろし、世界中の木こり職人をまとめ上げる『ギルドマスター』、それが彼女の称号だった。
私は長年彼女を追いかけ続けている一介のジャーナリストだ。
いつなんどきも彼女の写真を撮り続け、
いつなんどきも彼女の予定にピッタリ寄り添ってきた。
編集長には有難いことに期限無しの休暇をいただいた。
いつも私のことを苦々しく見ていた彼が珍しく笑顔だったのだ。きっと私の働きを認めてくれたに違いない。
ん? 最後に出社したのはいつかって?
確か…休暇に入ってからもう三か月は経つかな…
そんなことはどうでもいいんだ。
今回この本では、その天才ギルドマスター「網羅(あみら)」について紹介したいと思う。
彼女が取材に協力してくれたのは丁度、カミハルムイ城の庭園の木を剪定する仕事に取り掛かる時だった。
庭園に生える木々はどれも一級品の高級なものばかりだが、やはり年を取れば枯れる。この仕事の主となるのはその「ウミシグレ」を切ることだった。
午前3時、夏でもまだ薄暗い世の中に彼女は目覚める。
――こんなに早く起きるのですか?
網羅「うん。っていうかキミ、いっつもボクといるから分かるんじゃ……え? 取材だからそこは隠してほしい…あーはいはい分かったよ。えっとね、木こりに限らずボクたち職人ってのは、結構早起きなもんなんだよ。準備とかもあるからな。仕事自体は7時8時あたりから始めるよ」
――大変な生活ではありませんか?
網羅「そうでもないかなぁ…夜だって9時か遅くとも11時には寝ているからね。この道×年だけど、慣れてしまえばどうってことないよ」
――今、さらっと年齢が…
網羅「隠しといて。いいね?」
そして出勤時間になる。
彼女は少し遅刻をしたようで、馬車から飛び降りると代金を置いていって、驚くべき俊足でカミハルムイ城へと向かった。
以前「木こり職人は体力勝負だ」と言っていたが、なるほど、さっそく息の切れている私とは違い、呼吸一つ乱していない。
まったく、感心するばかりである。
網羅「うわっ、大丈夫!? 酸欠!?」
ようやく庭園に到着すると、いくつかの工程を終えて仕事に取り掛かり始めた。
一人にもかかわらず、手際よく進めていく。
――なぜお一人で依頼を?
網羅「あーんっとね、ボクちっちゃいころから植物の手入れが好きだったんだ。もちろん子供のお遊びだったから誰も手伝ってくれはしない。そうして勝手にバッサンバッサンやってたら、すっかり一人で仕事をする癖がついてしまったんだ。それに木こり職人は少ないからね。全国全大陸に飛び回っている門下生をあまり疲れさせたくないんだよ」
――とても気づかいにあふれたご理由ですね
網羅「どっちにしろ、手伝ってーって言ってもみんな嫌がるんだけどね。昔弟子に半日切った枝を持たせっぱなしにしたからかなぁ…。それくらい簡単なはずなんだけどな?」
最初は麗しい花壇や池、木々の剪定をしていた彼女だったが、ふと手を止め軽く休憩を済ませると、ついに例の「ウミシグレ」に手を付け始めた。
下に敷物を敷き、丁寧にオノを振り上げたかと思うと――
その小柄な体躯のどこから出ているのか、と疑うような雄たけびを上げて、オノを振り下ろした。
意外にも実力行使である。
だがウミシグレは乾いた幹をミシミシと唸らせて、倒れた。
――見事な腕前ですが、もっとこう…手順などが、あるのでは…?
網羅「いーのいーの。だってキレイに切れるならそれに越したことはないじゃん?」
彼女は破天荒かつ天才的なセンスをもった職人である。
年齢は伏せたが、実は彼女は十代の少女だ。早くに引退した父親の跡を継ぎ、長女一人娘として800にも及ぶ門下生をまとめ上げている。
少女らしい青春は送らずとも、今が一番充実しているのだという。
私はこれからも、この剛にして柔の木こりギルドマスター「網羅」を追い続けることだろう。