第七話 幻影の村
――光に包まれ、セリアは目を開いた。
そこにあったのは、見覚えのある村の入り口。
柵に絡まる蔦、畑を耕す村人たちの姿、遠くで聞こえる子どもたちの笑い声――。
それは、リクの故郷の光景だった。
「……リクの、村……」
呟きながら、セリアは村に足を踏み入れる。
すると、初めて訪れた旅人を迎えるように、村人たちが優しく声をかけてきた。
「おや、珍しいな。旅のお方かい?」
「まあまあ、こんな辺境まで……大変だったでしょう」
セリアは胸が締めつけられるような感覚を覚えながらも、勇気を振り絞って尋ねた。
「……この村に、リクという青年はいますか?」
「ああ、リクかい」
村人はすぐに頷き、懐かしむように語り出した。
「両親を早くに亡くしてな、村の外れの小屋で、妹のティナと二人きりで暮らしているよ。木を伐り、薪を作って、毎日なんとか糧を得ているが……苦労の多い暮らしさ」
「村の皆も、あの子達を案じてるんだよ」
セリアは深く頭を下げた。
そして足早に村の奥、リクの家へと向かっていった
***
リクは村の通りを駆け抜けていた。
遠目に見えたセリアの姿に、心がざわついていた。
――なぜ彼女がここに?
幻なのか現実なのか、答えはわからない。
だが、脳裏にはあの夜の記憶が蘇る。
村を襲った強大な魔物。炎に包まれる家々。倒れていく人々。
それは魔王の眷属の仕業であり、今にして思えば、自分とセリアを狙ったものだったのかもしれない。
「村を守らなきゃ」――そう思う心がある。
けれど「ティナだけは失いたくない」という想いがそれを覆い隠す。
守るべきは村か、妹か。
二つの選択肢が、ぐるぐると頭の中を駆け巡る。
やがて家に辿り着いたリクは、荒い息を吐きながら扉を開け放った。
そこには、継ぎ接ぎの布団に小さな体を沈める妹の姿があった。
病弱で、幼い。あの日と同じ、愛おしい存在。
「……ティナ」
リクは膝をつき、その傍に座り込む。
この世界が幻か本物か、もはやどうでもよかった。
――二度と失いたくない。
それがリクのすべてだった。
やがて、ティナが目を開ける。
「……どうしたの? お兄ちゃん……怖い顔してる」
リクは微笑みを作り、震える声で言った。
「大丈夫だよ」
そう告げ、妹を布団から抱き上げる。
「ティナ、とにかく村から離れよう。ここにいたら危ない」
病弱なティナには長い距離を歩くことはできない。 リクはその細い体を背負い、必死に村外れへと歩を進めた。
その時――。
「リク!」
背後から声が響いた。
聞き間違えるはずのない、聞き慣れた声。
振り返ったリクの瞳に、長い黒髪を揺らす少女の姿が映る。
「……セリア……!」
背に妹を抱えながら、リクは目を見開いた。
現れたのは仲間か、それとも幻か。
わからない。だが、その姿がすべてを揺さぶった。