「なんと、おぞましい…」
しかしそれはもはや、まさしく最後の悪あがきだった。青黒い肉片同士は融合しつつも、わずかな衝撃で再びこぼれる様に地に落ちる。青黒く醜悪で、巨大なバブルスライムの様な姿へと変貌を遂げる老人。
「まぁあだぁ、終わらんんぅ」
浸食されているのは脳か声帯か。まともな人語を発する事もできなくなりつつある。体を再生させるための養分を得ようとしているのだろう。手当たり次第に触手を伸ばし、草花や、隠れ潜んでいた小動物、小型モンスターをとらえ、取り込んでいく。
「化物め!!」
皆が異様に息を呑む中、先走ったグレン兵が槍を突き込む。しかし案の定というべきか、手応えなく槍は沈み込む。それだけではない。槍を伝って伸びた触手がグレン兵の腕を掴み、そのままズルズルと取り込むように彼を引き込んでいく。
「うっ、うゎあああっ、助けてくれぇ!!」
「今行くぞ!!…っ…」
グレン兵を助けるべく駆け出そうとしたセ~クスィ~だったが、勢いよく駆け出したのがトドメだった。とうにその身体は限界を超えていたのだ。激しく喀血し、その場に倒れ込む。
「セ~クスィ~さん!?」
慌てて抱き起すハクト。
「早く…彼を助けなくては…」
「そんな状態じゃ無理ですよ!しゃべらないで!!」この時ほど、ハクトは回復呪文を履修しておかなかったことを悔やんだことは無い。
「ハクト、ハクギン!あなた達は下がってなさい!」自身も満身創痍でありながら、ティードは単身、グレン兵の救出に向かおうとする。しかし。
「ぐぅ、あなた、何を…」
虚を突きティードの正面に回り込んだハクギンが、その拳を鳩尾にそっと押し込んでいた。万全の状態であればかわせたであろう。それだけティードもまた、限界が近かったのだ。
「僕がやります。僕の体は機械ですから、喰われることもない」
「馬鹿な、こと…やめなさ…い…」
霞む意識の中、必死にティードはハクギンを制止する。
「ドルセリン・チャージ!魔装展開!!」
なけなしのドルセリン管を使い、ハクギンは最後の変身を遂げた。今からすることは、アカックブレイブの意にそぐわないだろう。それが分かっているからこそ、ハクギンは名乗りをあげなかった。
「よせ!!ハクギンブレイブ!!!」
そしてセ~クスィ~もまた、ハクギンが何をしようとしているのか気付いたからこそ、縺れる足で必死にハクギンブレイブを止めようとした。
「ダメだよハクギン!!戻って!!!」
ハクトもまた、必死にハクギンを呼び止めた。
「さよなら、ハクト」
しかし短く別れを告げると、ハクギンは両腕にマシンドルボードを展開した。錐揉み回転をしながら、怪物へ突貫をかける。もはや液体に近い肉体を、両腕のドルボードをドリルの様にしてかき分け、取り込まれかけていたグレン兵を外へと蹴り出す。そしてそのまま、もはや境界が分からなくなりつつある老人の体をとらえ、シドーレオの肉片ごと推進力の限りに押し込む。目指す先は、シドーレオが外に出るため地に開けた大穴。
「はぁぁなぁせぇぇ…」
ドルボード2機分の推進力に重力をプラスし、地の底へ続くかのような深い大穴をひた進む。
「嫌だね!お前はここで、僕と一緒に死ぬんだ!!」
そう言い放ったところで、ハクギンは自嘲した。
(死ぬ、か。そういえば、とっくに死んでるんだっけ、僕。父さんや母さん。村の皆。いろんな人にとんでもない迷惑をかけちゃった…ごめんなさい…だけど…)
走馬灯、というものなのだろうか。関わってきた皆の顔が次々とハクギンの脳裏をよぎる。そして最後に浮かんだのは、ハクトとセ~クスィ~、そしてティードとフライナの笑顔だった。
(それでも僕は…最後の最後に…)
―皆と会えて良かった
ハクギンの涙は、自身の体を構成するたけやりへい由来の自爆システムの閃光に溶けていく…。
「「ああ…ああああああっ…!!」」
地に穿たれた大穴から、天へと火柱が上がる。それが何を意味するのか、数多のモンスターを、なにより、たけやりへいを相手にした事のあるセ~クスィ~とティードに、分らないはずはない。そして、ハクトもまた、大の大人2人が人目をはばからず大声で嗚咽を漏らす状況が何を意味するのか、分かりたくなくとも分かってしまったのだった。
続く