「ちょっと~っ!!待ちなさぁ~い!!私のスワンちゃんをどうするつもり!?」
トレーニングウエアから手早く戦闘装束ともいうべきステージ衣装に着替え、マイクを片手に泥棒へと向かって猛然と駆けるテルル。
マージンにとっても因縁のポップスター衣装をベースとし、コンサートの季節に合わせオレンジを基調としたハロウィンを連想させるアレンジが加わった、可憐なステージ衣装が夜に栄える。
そして、未だマージン達にとっては米粒ほどにしか見えない距離にありながらも、マイクを通さずともマージンとフツキの耳をうつ声量は、まことアイドルの本領発揮という所であろう。
「「やっばい!」」
「スピード上げろフツキっ!」
「走りづらい!もう少し姿勢を落とせMっ!それと、名前を出すな名前を!!」
「私の大切なスワンちゃんを盗もうとする泥棒さん達!そんな不届きな貴方達に心を込めて唄います!!500年前から脈々と受け継がれ、強化された伝統の一曲、『人生いろいろベギラゴンメドレー!』」
不安定な砂浜を走りながらの歌唱であるにもかかわらず、まるでオーケストラ演奏がバックについているかのような、芳醇な音楽を感じさせる驚異の歌声が軽快なリズムを刻み、その歌詞に想いと熱量と呪文をのせて盗人たちに迫りくる。
真夜中の浜辺を、悲鳴と歌声とともに走り抜ける3ショットは、ちょっとさすがにミュージックビデオにもできそうにない。
「うおわっ、あっつッ!」
「おおっ、今度は炎なのに冷たい!?なんで!?」
「一体ど~して髪の毛だけ燃えるのっ!?」
豊富なバリエーションで迫りくるベギラゴンに翻弄されつつも、アストルティアの大スター、テルル所蔵のスワンボートを盗み出すというクエスト(不法侵入と窃盗)を何とかクリアしてしまったマージンとフツキであった。
数日後、テルル宅から強奪されたスワンボートはアズランの木工所にあった。
「あ~、でそんな髪形な訳ね。そのカンナ取ってくれる?」
「あいよ」
手早く差し出された工具を受け取りつつ、アストルティアに名の轟く魔法建築工房『OZ』の大棟梁ロマンは、メガネの位置を直しつつ、マージンの頭部へ目を向ける。
海底離宮の折、また、今回の一連のクエストの段取を話し合う際の印象から、随分と派手にイメチェンしたものだ。
「これからちょっと精密な作業だからさ。できれば帽子とか被っててくれないかな?」
ロマンはいささか失礼かとも思ったのだが、スキンヘッドに導火線よろしく一本だけ毛を残した状態の戦友“達”が目の前にいると、その、ついうっかり手元が狂いかねない。
「いいかマージン。俺は高級育毛剤を買うぞ。もちろんお前の金でだ」
「いや3:4で折半しよう」
「なんでお前が3なんだよっ!」
「さっすが、気付くの早いなフッキー」
無言でフツキの拳がマージンの頬に刺さる。
「ほどほどにな~、お二人さん」
骨肉の争いを始めた二人から目を背け、黙々と作業に打ち込むロマンであった。
続く