アズランで、ほぼスキンヘッドの二人が喧嘩を繰り広げるおよそ1ケ月前。
魔法建築工房『OZ』の応接室へ続く、希少なドラグライト鉱石で出来た豪奢な床に、ロマンの履くピカレスクブーツの甲高い靴音が響く。
「なんだなんだァ?今日は現場もアポも無かったはずじゃあねェか?ふぁぁぁあッ…」
体勢を崩しそうなほど大きなあくびを一つ。
珍しくぽっかりと予定無し、一日オフを満喫するはずだったロマンを叩き起こし、受付嬢はグイグイとその手を引く。
「いいからいいから、早く来てください大棟梁!」
昨晩は、作業場で今後OZから発売予定の『DX完全合体緊急駆動ドルセリオン』のテストモデルについて、余剰パーツは大嫌いだと一切の妥協を排するロマンと、採算の為折衷案を探るスタッフとの間で熱い議論を繰り広げていた結果、皆まとめて寝落ちした。
それが幸いし、作業着兼正装に身を包んでいたロマンは着替えの必要がなく、空いている手を使い整髪油で寝癖を整えつつ後に続く。
ヴェリナードから攻城要塞の発注が来た時ですら、平静を保っていた受付嬢の慌てっぷりを不審に思いながらも、ロマンは後に続く。
よほどの大物が訪ねてきたのだろうか。
赤茶色の格式高い装飾が施された両開きの扉の前まで来ると、受付嬢は大きく深呼吸したあと、不用意な音を立てぬよう、そっと扉を開いた。
「お待たせしました、ホーロー様。棟梁を連れてまいりました」
受付嬢は上半身がポッキリ折れてしまったかのような、深い深いお辞儀する。
「うむうむ、さすがは名高い大棟梁、クリエイティブかつクレバーな顔立ちじゃ」
赤い革張りのソファーに腰掛けたふくよかな老人は、丁寧な姿勢で湯呑に手を添え、香ばしい香りとともに湯気の漂う熱いお茶を啜りながら、にこやかにロマンをみやった。
「けっ、賢者ホーロー!?」
「ほっほっ。いかにも」
「初めまして、ロマン様。ホーロー様の紹介は不要ですね。私は、セイロンと申します」
ホーローの座っているソファーは3人はゆうに座れる立派なものだったが、あくまでも付添いの立場ということでか、座らずソファーの後ろに佇むエルフの少女が軽くロマンにお辞儀をする。
肩を覆う流れる白髪に、長年寝かせた高級ワインの如く深みのある黒と紫のフリルのドレスに身を包み、背中に背負った大鎌には、髪飾りと同じく幻想的な色合いの薔薇が添えられている。
それはただの装飾でありながら、部屋中に冷たいバラの香りが充満しているかのような、背筋が凍るほどのヒンヤリとした錯覚を覚えさせる。
「ええっと、失礼。お二人ともお初にお目にかかります。魔法建築工房『OZ』棟梁、ロマン。謹んでお話を伺います」
対面の席にロマンが腰かけるのを見届けてから、セイロンもまた優雅なしぐさでホーローの隣に腰掛ける。
続く