「するとこれを振れば誰でもあの呪文が使えるってわけ?」
テーブルに置かれたわずか20cmほどの棒切れが、マージンには途端にとても禍々しく映る。
「ええ、わずかでも魔法の素養があれば、老若男女問わず可能です」
何てとんでもない物を作るんだ、という非難と同時に、これって最高のイタズラツールになるんではないか、という悪しき考えがマージンの脳裏に去来した。
「手に取ってみても?」
「もちろん、どうぞどうぞ」
相変わらず貼り付けたような笑みを絶やさぬブラオバウム。
対して、杖を恭しく持ち上げたマージンの口元に、魔界の参謀長もかくやという邪な笑みが浮かぶ。
「おおっと!ついうっかり手が!」
ついうっかり、とは一体?
白々しくも狙い済ました一振りがブラオバウム目掛け炸裂した。
思えば前回、赤っ恥をかいた自分と違い、ブラオバウムはよくわからない鎧に、一度着てみたかった創作上の召し物と、至ってダメージを受けていない。
これは些か不公平なのではなかろうか。
マージンは幼女が着ることを想定した薄ピンクのショートドレスに、フリルやリボンなどの具材をマシマシ、トッピングに縞模様のタイツや蝶々結びのチョーカーまで添えた特盛衣装を思い浮かべ呪文を発動させる。
「はっはっはっ、そう来ると思ってましたよマージンさん!」
放たれた呪文はしかし、カィンと小気味よい音と共に跳ね返った。
「マホカンタは呪文対決の初歩の初歩!ずいぶん簡単な手に引っかかりましたねマージンさん!」
ブラオバウムの高笑いが応接室に響き渡る。
実はブラオバウム、スティックの完成に至るまでのこの一ヶ月、まともに寝ていない。
寝不足による思考能力の低下と、完成に漕ぎ着けた開放感と、祝杯として開けた年代物のカルヴァドスが相乗効果をもたらして、スティックの効果を試したい衝動が抑えきれなくなり、心の痛まない相手としてマージンを選んだのだった。
しかし、ブラオバウムにも最後の良心というものがある。
仮にマージンが邪な考えを抱かなければ、ただの楽しいお茶の席で終わっていたのだ。
つまるところ、どっちもどっちである。
しかし、天罰とは必ず下るもの。
「マーちゃん、お客様ですって?」
マホカンタが正しく発動しなかったのは、特殊な呪文だったからか、はたまた神の思し召しか。
正反射でマージンをとらえるはずの呪文ははたして、明後日の方向へ飛び去って、応接室を訪れたティードに直撃したのだった。
「ちょっとまたコ…いやでも前回よりはマシかしら?意外とギリいける?」
ティードにとっても忌々しい記憶として残る、呪文発動の手応え。
再び変容を遂げた自身の装束を見下ろし、単純に馴染みが無いデザイン過ぎて感覚が狂うティードに対し、ツッコミがハモる。
「「いえ、キツいと思います」」
右と左、両の掌それぞれにマージンとブラオバウムを軽々と掴みあげるティード。
「あ~っ!!イケます、イケます!」
「そうです、奥様、良くお似合いですぅ!」
もちろん掴みあげるだけではなく、指先が骨を貫き脳ミソにめり込むのではないかという圧が加えられ、ミシミシと二つの頭骨が悲鳴をあげる。
「逝くのはお前らだ」
取り繕う言葉にティードの握力が緩められることは当然なく。
応接室に無慈悲な言葉が響いたのだった。
かくして、ティードの逆鱗に触れたブラオバウム作の禁断のスティックは無惨にへし折られ、以後、悪用される事はなかった。
後日、ティードの要望により実物として再現されたマージンの妄想衣装は、ピッタリとハクトの寸法にあわせて作られていたことは、あくまでも蛇足である。
~完~