口許に着いたカツサンドのオーロラソースを横着に舐め取り、ランガーオ村に向けてアクセルを振り絞る。その眼前に迫るは、ランガーオ山地に何故か場違いなトロルの姿。
この辺りは本来弱小なモンスターしか生息しておらず、冒険者による巡回の頻度は少ない。
放置しては多大な被害をもたらす可能性が高い。
しかし、ドルレーサーを停め、戦っている間にクイニーアマンは完売してしまうかもしれない。
「俺は…俺は一体どうすればっ!?」
そんな、しょうもない極限状況がマージンに一筋の天啓をもたらす。
「これならいけるぞっ」
ハンドルをロックし、掲げた両拳。
そこにぴんと揃えて立てた人差し指と中指の先で、クルクルとギガボンバーが高速回転している。
そんな不安定な状態を維持出来ているのは、遠心力でも、マージンの手にギガボンバーが馴染んでいるからでもなく…。
「何でも学んでおくもんだな!」
遠い昔、習得に挑んだ魔術の知識。
けして大きく花開くことは無かったが、マージンは初歩のバギ系呪文を辛うじて扱えるようになっていた。
バギの風圧に支えられ、両指先の上に乗るギガボンバーはさらに回転をましていく。
「喰らえっ!ツインボム・ピニング!」
そしてドルレーサーの加速とともに高速で放たれるギガボンバー。
トロルに向かって真っ直ぐ飛び行く最中で爆発し、その火炎と熱量がバギの疾風の中で渦を巻き、二本の灼熱の竜巻となってトロルを襲う。
「トロルよ知ってるか?クイニーアマンを焼くならオーブンの予熱は200度だ。少し火力が…強過ぎたな…」
こんがりと焼き上がり、地響きを立てて崩れ落ちるトロルに目もくれず、マージンを乗せたドルレーサーは、ランガーオ村へと走り去るのだった。
夜を迎え、あたりはもう真っ暗。
ロゥソン本店の照明の灯りが、店の看板を見上げるマージンを優しく照らす。
「よし」
緊張にゴクリと生唾を飲み込み、童話に出てきそうな丸みを帯びた可愛らしいデザインの扉をゆっくりと開いた。
閉店間際、すっかり品数を減らした店内。
震える手でトレーとトングを握り締め、クイニーアマンの棚の前に立つ。
「最後の…一つ…」
ビロードの敷物に優雅に佇む大粒の宝石が如く、白磁の大皿に鎮座する、たった一つのクイニーアマン。
ついに巡り逢えた。
万感の思いで、店内の蝋燭の灯火を吸って眩く輝くクイニーアマンにマージンがトングを近づけたその時である。
「おじちゃん、それ買っちゃうの?」
目線を下に向けると、今にも泣きそうな瞳でマージンのズボンの裾を掴むオーガの少女の姿があった。
「あのね、お母さんの具合が悪いの。お母さんが大好きなクイニーアマン、食べさせてあげたくて…」
もう外は真っ暗。
そんな中、少女は意を決し、夜闇の恐怖を堪えて1人でここまでやってきたのだ。
クイニーアマンを食べるチャンスはまたいずれ、必ずやってくる。
少女の母親へ向けたありったけの愛と勇気を、どうして無為に出来ようか。
「お嬢ちゃん、ゴールドは持ってきてるのかい?」
「あっ…」
マージンの問いかけに、はっとして慌てて掌の小銭を数える少女。
マージンの予想通り、少女の握り締めていたなけなしのお小遣いでは、クイニーアマンに少し届かない。
「安心しな、お嬢ちゃん。お兄さんが代わりに買ってあげよう」
ニッコリと笑いかけ、クイニーアマンをトレーに移す。
「ホント!?」
ぱあっと微笑む少女。
その眩しい笑顔で心を満たし、自分用にはカウンターの塩パンをトレーへ追加した。
「別々の包装でお願いします」
「あいよ」
テキパキと店員が袋詰めしたクイニーアマン。
幸せの黄色い包みを、そっと少女に手渡す。
「さ、もう外も暗いからね。おうちまで送ってあげよう」
手を繋ぎ、少女の家を目指す。
その背後で、ロゥソン本店が静かに一日の営業を終えたのだった。
続く