かいつまんで、と言いつつも、ハクギンは懇切丁寧に、随分と時間を割いてロマンとテルルに説明を行った。
ハクギンはふと気が付くとこの場所にいたらしい。
少し言葉を選ぶようなそぶりから、ロマンはハクギンが、自身がここにいる理由を把握しており、恐らくは自分と同じ境遇であろうロマンたちにショックを与えないよう、気遣っているのだと察した。
当初ハクギンが居たのは最後尾の車両。
最初は、この車両もこんな有様ではなく、普通に大地の箱舟と変わらぬ客車となっていたそうだ。
そして老若男女問わず、相当数の乗客が乗っていた。
車掌はおろか、レールすらない。
あまつさえ、空に浮かんですらいる列車の中で、行く先も何もかもわからないながらも、乗客たちは皆一様に、この場所に対して不思議な安心感があり、一抹の不安もないかと言われれば嘘にはなるが、初対面の相手と話したり、座席でくつろいだり、穏やかな時間が続いていた。
あの女が現れるまでは。
「女…?」
「はい。純白の着物に黒の帯。腰まで届く翡翠色の長髪は、濡れているかのように艶めいていて、そして何故か赤い枕を携えた、長身の女でした」
着物をはだけ、両肩を露出させているなど、少々服装が華美であることを除けば、見た目は普通の人間の美女だった。
枕を持たない手の方で、肘から指先の長さに匹敵しそうな細長い金色の煙管をふかし、時折紫色の煙をほうっと発する。
薄ら笑いを浮かべる女の怪しく朱く光る瞳を向けられた大人たちは、バタバタと意識を失い倒れていった。
突然の事態に騒然とする車内。
どれだけ大きな声が上がろうと、逃げ惑う他の乗客に踏みつけにされようと、眠りに落ちた者が目覚めることは無かった。
やがて全ての大人が眠りに落ち、残るは年端もいかない子供ばかりになった頃。
「あ~、めんどくさい。これだから嫌なのよ、夢破れる前のガキってのは」
かぶりを振ると、女は先頭車両の方へと姿を消した。
子供達と手分けをして大人を起こそうとしたが、全て徒労に終わった。
次の行動を考えあぐねているうちに、大人たちの体は車両に沈み込むように溶け始め、入れ替わる様にゆめにゅうどうが現れた。
女の視線で眠らされることは無かった子供達だが、ゆめにゅうどうが相手ではそうはいかない。
そこへ来て、ハクギンは魔装展開し応戦したが、多勢に無勢、大人たちと同様、子供たちも一人、また一人と眠りにつかされ、今に至る。
「…異変を収め、皆を取り戻す為、女を追い先頭車両に向かう途中で、あなた方と出逢った次第です」
「なるほどな」
そんな中、あっさりと眠りから目を覚ましたナイスガイが居れば、詰め寄りたくもなるってもんだろう。
ロマンはようやく先ほどの、この少年らしからぬ狼藉に納得がいった。
「それじゃ、大人も子供たちもみんな、眠らされちゃったの?」
「いえ、僕の力不足で、ほとんどの子は眠ってしまいましたが…二人だけは無事です。…アジロ、ソワレ、もう大丈夫だ。この人たちも悪い人じゃない。出ておいで」
ハクギンの声に応える様に、さながら岩から斉天大聖が生まれたが如く、草原に転がる一つの大きな岩がパックリと割れ、ドワーフの兄妹が姿を見せたのだった。
続く