ロマンから手渡されたドルセリオンを、子供ながらに破損しないよう丁寧に丁寧にアジロは眺め回す。
「凄い!凄い!!これも大工の仕事なんだね!!オイラ、将来大工になる!」
「あ~…うん…?」
アジロの言葉にふと我に返るロマン。
一切気にかけてなかったが、言われてみれば、大工というよりは道具鍛冶的な仕事かもしれない。
「…大棟梁の純然たる趣味でしょ」
そこはテンションマックスのマージンですら冷静に指摘した。
加えて、率直な疑問をぶつける。
「ところで何でドルセリオン持ってきたの?」
「いやほら、お社の御神体にしようと思って」
お社ってのもそもそもピンと来ないし、御神体がアクションフィギュアって、どんなお社だよそれ。
握り拳が入りそうな程あんぐりと口を開けたマージンであった。
「しかしよく出来てるなぁ。でも…本物とちょっと色が違うような…」
マージンも海底離宮以降、ドルセリオンとお目にかかってはいないが、記憶のドルセリオンと比べ、ロマンのモデルはカラーリングが異なっている気がする。
こちらの方がある意味、色合い的にはバランスが取れている印象だ。
ただしどちらが上という訳でなく、本家が兵器的な色合いであるのに対して、こちらは玩具を意識した色合いという感じで、双方とも味わい深い。
「ああ、そこはちょっとアレンジしてるぜ。やっぱこう、五人の力が合わさった感じを出したくてさ。子供受けを狙ってってのもあるけど」
「ほほう」
「だから正確にはドルセリオンエクセレントカラーリングバージョンプロデュースドバイOZ」
「…なんて?」
けしてマージンに聞く気が無かった訳ではないのだが、アストルティアにおいて6文字を超える名前は難易度が高い。
正式名称(?)を無視し、こっそり勝手にドルセリオンブロスと名前を付けたマージンであった。
そして気も緩みきったその時である。
「おい小童ども。敵だ」
何とも緊張感の薄れていたマージンは、唐突な聞き覚えのない老人の声に驚かされた。
「爺さん!?」
見れば執拗にマージンの頭皮を甚振っていた痴呆老人が、しゃんと立ち、弓を構えている。
「爺とはなんだ!レオナルドと呼べ!」
「敵って…」
マージンに怒りながらも、レオナルドはその目線を動かさない。
真っ直ぐに上空を睨んでいた。
つられて視線を追い、マージンとロマンもその存在に気付いた。
足場などあるわけのない空の真ん中に、着物を着た気怠げな女が佇んでいる。
「お前は!」
ハクギンのまだ幼い双眸に険が立つ。
女の風貌は先にハクギンより説明を受けた、異変の元凶であると考えられる女と一致する。
「ドルセリン・チャージ!!魔装展開!」
裏付ける様に、間髪入れずハクギンはドルセリン管をベルトに打ち込み、ハクギンブレイブの姿へと転じた。
敵対の構えを見せる戦士たちを前にしてなお、女は何もかもどうでもいいという様な、怠惰で倦怠感に満ちた、暗い表情を崩さない。
そっと女が手にした煙管を振り上げると、噴き出した紫紺の煙が、無数のゆめにゅうどうの形を描いて、ロマン達目掛け落下速に任せて突進する。
「五月雨打ち!」
しかしすかさずレオナルドの放った矢に貫かれ、もとの煙へと霧散した。
「ふぅ…」
女はその様を眺め、如何にもやれやれといった感じで、天を仰ぐ。
「嗚呼…面倒だわ、本当に」
「何となくわかったわ!ここがハチャメチャになってるのはあいつのせいなのね!」
誰かが乗り移ったかのような大ざっぱな解釈で、ビシッと女を指さすマユミ。
やはりその場所が収まりがいいのだろう、いつのまにやら、近接挌闘戦を主体とするハクギンブレイブの肩口に佇んでいる。
「苦しゅうない。やっておしまいなさい!」
「ええと…はい!了解です!!」
ハイテンションなマユミに調子を狂わされながらも、純朴さが炸裂するハクギンブレイブ。
「素直か…」
やはり根っからのいい子なんだなぁとしみじみ眺めるマージンをよそに、ハクギンブレイブは助走をつけて勢いのある踏み切りから空高くジャンプした。
さすがは魔装、常人を凌駕する跳躍力で舞い上がり、振りかぶったその拳が女をとらえようとしたその時。
糸が切れたようにハクギンブレイブの体は弛緩し、真っ逆さまに地に落ちる。
「なっ…!?ハクギン君大丈夫か!?」
離れていたロマン、マージンには窺い知れない、ハクギンブレイブの身を襲った異変。
「これは…ユグノアの子守唄!?…まさかあんたは…!?」
女に接近した時、ハクギンブレイブとマユミの耳朶を打ったのは、強烈な眠気を誘う静かでおぞましい旋律。
死者の怨嗟の声に著しく上書きされながらも、その根底にあるメロディを感じ取ったマユミは愕然とするのだった。
続く