マユミの故郷、妖精の国に伝わる、過ぎ去りし時を求める勇者の御伽噺。
その中で語られる、ある国に伝わる子守唄は、生まれたばかりの妖精達に語って聞かせる作り話の一節でありながら、驚異的な誘眠作用を持っていた。
そして何よりも。
ロトゼタシアという世界を舞台としたその物語の詳細は、妖精の国から門外不出、このアストルティアには伝わっていないはずなのだ。
「堕ちた妖精…!」
ハクギンブレイブが一瞬で意識を狩られるほどの、強烈な眠り歌に必死に抗うマユミの脳裏をよぎったのは、あるとある妖精の話。
マユミの誕生から遡る事、数百年前。
冬を導く役割を持つ、一人の妖精が生まれた。
至って変哲のない、妖精の国であればどこにでもいるような、そんなごく普通の妖精であった彼女は、だがしかし唯一、アストルティアの民と声を交わすことができるという、特別な違いがあった。
なまじ言葉を交わせるが故、人に恋い焦がれ、しかして決して人の目には見えぬその姿。
やがてその妖精は心を病み、人と同じ身姿を手に入れようと、根拠なき所以から多くの同胞をその手にかけ、いつしか姿を消した。
それ以降、よほどの緊急時、特別な立場の者を除き、アストルティアと妖精界の行き来は禁じられ、今に至る。
マージン含めアストルティアの民が、ほとんどまったくと言っていいほど妖精の存在を知り得ないのは、そんな密かな背景があったのだった。
「そう、その通りだよぉ。妖精同士、仲良くしようじゃないか。だけど…」
深い眠りに囚われたハクギンブレイブのもとへと溶けるように伸びた細い手が、マユミを絡めとり、女の眼前へと手繰り寄せた。
「ああ、妬ましいねぇ。肉体を持つ妖精だなんて。あたしが一体どれだけ苦労してると思ってるんだい?いっそ喰らってしまおうか」
顔の造りを全く無視するように、バックリと大きく口が開き、鋭く不揃いな獣のような牙が立ち並ぶ口腔が覗く。
「ひっ…!」
開かれた口内から、数えきれない人数の呻き声とともに、さらにボリュームを増したユグノアの子守唄がマユミを襲う。
危うくそのまま丸呑みにされそうな所を、風を切り飛来した矢が触腕を貫き、間一髪、マユミは自由の身となった。
「サンキュー爺ちゃん!」
「だから誰が爺じゃ!レオナルドと呼ばんか!」
悪態をつきつつも、2射、3射と、堕ちた妖精がマユミに追いすがる事無きよう、牽制の矢を放つレオナルド。
マユミも力を振り絞り、羽根をはためかせると子守唄の効果範囲から何とか抜け出した。
しかしそうこうしているうちにも、眠りに落ちたハクギンブレイブの体は徐々に地面に沈み込み始める。
「早く助けねぇと!!」
「ロマン、絶対に近づいちゃダメ!!」
ハクギンブレイブのもとへ駆け寄ろうとしたロマンを、その顔面に突撃して押しとどめるマユミ。
「私はまだ、あの歌を妖精の国で何度も聞いてるから多少耐性があるの。でもそうでなきゃ抗うのは絶対に無理!あんたまで眠らされちゃうわ!」
「いやでもど~すんだよっ!!」
「考えてる!今考えてるわよっ!」
「ユグノアの子守唄…歌…そうか!もしかしたら!!」
如何に伝承の旋律と言えども、歌は歌。
試してみる価値はある。
「テルルちゃん!!とびっきりノリのいい歌をお願い!!」
「任せてちょうだい!!でも…そうね、ちょっと一人じゃ、荷が重いかも」
ニヤッといたずらに微笑み、ソワレの方に向き直り、その小さな肩に手を置くテルル。
「えっ?何?テルルお姉ちゃん、どうしたの?」
「ソワレちゃん、私たちの思い出のあの歌、一緒に歌おう!!」
「えっ!?でも…」
それは、ソワレがテルルのミニコンサートにおいて一番気に入った楽曲ながら、当時のまだ未発達な喉と舌では歌うことの出来なかった曲。
「今なら大丈夫!さあ、一緒に歌いましょう!!」
「…うん!」
上手く歌えるだろうか。
ソワレの一抹の不安を吹き飛ばすように、テルルは力強くその手を引き、導くようにその喉が旋律を奏で始める。
「「僕が僕を愛し~ぬくこと~…」」
原曲は男性バンドによる楽曲。
テルルなりのアレンジを加え、しかしオリジナルの持つ疾走感を損なうことなく。
力強く人生を鼓舞するメロディが戦場に響き渡る。
「「…何処へ向かう旅だとしても!!」」
一言一言。
フレーズを継ぐ度に、ソワレの顔から不安が消えていく。
ニッコリと微笑みあい、更に歌唱のボルテージを挙げていく二人。
「うん!!やっぱり!!!ロマン、マージン、さっさとハクギン君を助けて、今度こそやっておしまい!!」
マユミは自ら、ユグノアの子守唄の効果範囲に舞い上がり、テルルとソワレの歌の効果を実証すると、高らかに反撃の狼煙を上げるのだった。
続く