「マユミ様、ですね。ご安心下さい。死者の魂を導くのが我ら、デスマスターの務めです。マユミ様が彼女に伝えたいことは恐らく、私と同じ…」
セイロンはマユミに向け柔らかな笑みを浮かべると、依然として大鎌を構えた姿勢のままながら、敵意無き声音で堕ちた妖精に語りかける。
「…貴女は、もっと早く、気が付くべきだったのです」
それに気がついたのは、デスマスターとして類稀なる死霊との感応を持つセイロンゆえ。
そして、捕らわれた際、堕ちた妖精の体内、そこから迸る魂の叫びの坩堝と間近でまみえたマユミゆえに聴こえた、微かな言葉。
「何故、私と同じ妖精の貴女が、人と同じ大きな姿でいられるのか」
「何故、妖精の貴女が、人の魂しか乗れない列車に乗ることが出来たのか」
セイロンとマユミは、糾弾するでもなく、ただ、その理由を考えて欲しいと、諭すように話しかける。
「「今なお、貴女の内にある、魂の声を聞いてあげて」」
セイロンが駆け抜け、堕ちた妖精が反応する間もなく、その体に大鎌が振り抜かれた。
セイロンの後を追うが如く、あたりに澄んだ薔薇の香りが漂う。
香りに誘われるように、堕ちた妖精の眼前にセイロンの御業によって切り離された魂が浮かび上がった。
途方も無い年月、旅立つこと無く堕ちた妖精の内に留まり続けた彼の魂は、ひどく擦り減り、
濃い霧といった程度に不鮮明で、今にも消え果ててしまいそうな状態である。
それでも、その魂を目にした妖精の瞳から、一粒、また一粒と涙が落ちた。
「………」
「あたしは…貴方に一目…あたしの姿を見てもらいたくて…あたしに触れて欲しくて…」
「………」
その姿同様に、霞のような魂の声はか細く、セイロンとマユミには聞き取れない。
しかし、堕ちた妖精には伝わっているようだ。
堕ちた妖精の姿は取り込んでいた、いや、彼女に深く寄り添っていた魂を失い、急速にマユミと同じ、本来の妖精らしい大きさに縮んでいく。
その昔、姿の見えぬ妖精と、言葉を交わした青年がいた。
妖精と同じく、青年もまた、彼女の姿をその瞳にうつし、その手を取り合う日を夢見た。
そして願い叶わず、病に命を落としてなお、彼はずっと、途方も無い年月、彼女に寄り添っていたのだ。
「死者の魂を導くのが、デスマスターの務め…」
「せめて来世は、正しき道を歩み、結ばれんことを」
セイロンとマユミは、そっと手を合わせ、魔力を練る。
マユミの羽が溢れんばかりの魔力に虹色に輝き、大きく大きく拡がっていく。
セイロンの人の耳では聴き取れぬ詠唱に導かれるが如く、大地からは光の巨木が生え出で、またたく間に天を貫いた。
幻想的な光景に、フツキはただただ息を呑む。
堕ちた妖精と、彼女に寄り添い続けた魂は、マユミの羽に包まれた後、2つの光球へと姿を変える。
セイロンが繋いだ死後の世界へ続く光の道を、2つの魂はダンスをかわすように螺旋を描き、ゆっくりとゆっくりと登っていくのだった。
続く