「…良かったのですか?」
幻想的な光景をともに眺めながら、セイロンはマユミに問い掛けた。
「貴女の魔法…そのような術式は初めて見ましたが、それは貴女自身を構成する魔力を著しく消耗するご様子。そしてそれは、容易に回復するものではないでしょう?」
堕ちた妖精の非道は、セイロンも水晶球でつぶさにとらえていた。
かの魂の嘆願と、デスマスターとしての責務、それらがなければ、果たして自身も穏便な対応をとったかどうか。
にも関わらず、己の命を危うくしてまで、マユミは何故?
「そうねぇ…これで、むこう20年くらいは、大人しくしとかないと、私消えちゃうかも」
そういって登り始めた朝日にかざしたマユミの左掌は、ほんのりと透明がかっていた。
たが、その表情は柔らかく、後悔は微塵も感じられない。
マユミの持つ、アストルティアにはないオリジナル、世界を構築する魔法。
それは単純にイメージを具現化するものではなく、厳密には、自身の思い通りに相手を改変する術式である。
世界の理を歪める反動は、そのまま自身に跳ね返る。
「まさか、妖精を人の魂に創り変えてしまうなんて…」
「何でもやってみるものね!」
親指を立てて嘯いてみせるが、些か無理が過ぎたのはマユミ自身も身に沁みて分かっている。
「…もしかしたら、私もあんなふうになっていたかもしれないから」
人に恋焦がれ、しかし人の世界に受け入れられる事のなかった堕ちた妖精と、妖精でありながら、肉身を持つが故に妖精の国を爪弾きにされるように出奔、人の世に生きる事を強いられた自分。
同じように世界に拒絶された者同士だが、決定的にその道を分けたもの。
隣人であるクマヤンや、ぱにゃにゃん、かいり。
自分は、出逢いに恵まれた。
だからこそ、余計なお世話だと怒られるかもしれないが、彼女に何かしてあげられないかと思ったのだ。
「…悪いけど、ちょっと肩で休ませてちょうだい」
セイロンの肩に腰掛け、その頬に顔を寄せるマユミ。
間もなく穏やかな寝息を立て始める。
「ご協力に、感謝します」
デスマスターは死者の魂を導くのが本懐。
そこに善も悪もない。
消え去る定めの堕ちた妖精を救えた事を、心からマユミに感謝するセイロン。
臨死体験組の3人が目覚めたのは、まさにその瞬間だった。
「…っぷはぁっ!!?」
水中から顔を出した時のような、久々に息を吸う感覚。
「何だか体が動かし辛いな…」
「死後硬直じゃない?」
「「縁起でもない!!」」
スワンボートから降りるとほうぼうに体を動かし、五体満足を確認しあう3人。
「皆、お帰り!ご苦労さま!」
フツキが労いの言葉を投げかけ、一件落着………とは当然いかない。
「さて」
テルルの短い言葉から、トレインアーマードナイトメーアを相手にした際を遥かに上回る悪寒を感じる一同。
「私のスワンちゃんに狼藉を働いた件、あらためてしっかり説明してもらおうかしら?」
アイドルらしからず、ポキポキと指を鳴らすテルルのこめかみには、うっすらと青筋が浮かんでいた。
「「「勘弁してつかあさい!!!」」」
ロマンとマージンとフツキ。
それはそれは見事に3人の動きが揃った、美しい土下座だったという。
すっかり朝日がまあるく顔を出したアズランに、テルルの罵声と、男達の情けない声が響くのだった。
続く