「そうさ、それでいいんだ。恐れず行け。君たちはもう、立派なベビーパンサーだ」
遠くから響いた、断末魔代わりのキラーマシンの爆発音に弟子達の成長を感じ取り、ライティアは笑みを浮かべた。
「しかし、問題は私の方か…ちょっと重さを足してみるかな」
どうしたものかと頭を悩ませつつ、目の前の黒い巨体を睨みあげる。
「よっ、と」
振り降ろされた大剣をかわしつつ、地面深く突きささったそれを足場に、マッドファクトリーの肩まで駆け上がり空高く跳躍、空中でくるりと反転し、重力に引かれるままに敵の頭部めがけて技を放つ。
「始原猛虎爪!」
既に幾度も繰り出した今のライティアのスペシャリテ。
残念ながらいつかの武闘大会で目にした、ドワーフの女性武闘家による完成された始原猛虎爪には未だ及ばないながらも、今の世に伝わるタイガークローをはるかに上回る威力の爪撃であるが、かのドルブレイブリーダー、セ~クスィ~のハンマーすらうけつけなかったマッドファクトリーの分厚い装甲は、甲高い金属の衝突音を響かせるのみで傷一つつかない。
「攻め手を変える!…浸透勁!!」
爪から右手を抜き放ち、着地と同時に大地を踏みしめ、いつかの海中にてレヴィヤルデを窮地から救った、衝撃を伝播する拳を放つ。
ゴーーーン
除夜の鐘を思わせる鈍い音とともに、破砕の振動がマッドファクトリーの体内へ伝播する。がしかし。
「損傷ヲ確認…修復完了」
一瞬怯む様な動きを見せたのち、マッドファクトリーは短く合成音声を発すると、再び悠然と立ち上がる。
「クソッ、損傷範囲が狭すぎるか…」
浸透勁は有効なようであるが、しかしあまりにも巨大な敵ゆえに、マシン系モンスター特有の自己修復機構の範疇に収まるダメージしか与えることができない。
万策尽きたように感じ、唇をかむライティアを、そっと木の陰から見守る人影が一つ。
「やれやれ…労働の礼に、少し、稽古をつけてやるとしようかね」
虎酒家の女将、ミアキスは、首から肩にかけてを軽くほぐすと、文字通り目の前の巨木を、プリズニャンを大きくしたようなその丸い巨体で駆け上がる。
「ゴールド…フィンガー………」
彼方からドップラー効果を伴い響くミアキスの叫び声。
「!?女将さん?どこから?…空!?」
あたりを見回したライティアが、宙より急降下するミアキスに気付くとほぼ同時。
「トゥエンティ、ワン!!」
高い崖から飛び降り着地する虎の如く両手両足を叩き付け、そして最後にぐるりと体全体を宙で一回転させての強烈な頭突き。
計21本の輝く爪の迫撃を、マッドファクトリーは交差させたSキラーマシン譲りの両の手の大剣で受けとめたが、ミアキスの技の衝撃は大剣を粉々に打ち砕き、更にはその奥に控えたマッドファクトリーの頭部にまで亀裂を走らせ、派手によろめき跪かせた。
動揺するはずの無い冷淡な機械の瞳が、激しい衝撃に明滅を繰り返す。
「あいたたた…やっぱり無理はするもんじゃないね、腰が…」
しかしとうのミアキスもまた、バランスを崩して着地に失敗、さらには無理がたたって、四つん這いの姿勢で腰痛にあえいでいる。
「やっぱり歳と体型の変化には勝てないねぇ。おお、痛い痛い…。そういうわけで、あのデカブツのトドメは任せたよ、ライティア」
「でも、私の始原猛虎爪は未完成で…」
「はぁ…情けないねぇ…。それでも猛虎流道場の門下生かね?…いや、むしろ、だからこそか…」
「女将さん、猛虎流道場を知っているの!?」
「そんなことはどうでもいい。あんた、肝心な所で頭が固いんだよ。いいかい?あんたの得意なスパイスの調合と同じさ。いつまでも一種類の香辛料に囚われてんじゃないよ。あんたは、良いモンもってる。…好きに混ぜ合わせりゃいいのさ」
「好きに…混ぜ合わせる…」
「あたしはパワハラが大っ嫌いなんだ。出来ない事をお願いはしない。それは、あたしの下で今まで働いてきて、よ~くわかってるだろう?」
浸透勁は威力が足りない。
未完成の始原猛虎爪は装甲を打ち砕けない。
それでも姉弟子は、今のライティアで充分だという。
その信頼を胸に、そっと両手を見つめて考える。
今の私にできること。
その全てを。
「そうか…私、分かった気がする!」
「ほら、やっこさんがそろそろ起き上がるよ。あんたの全力、見せてご覧」
ギュッと拳を握り、不敵な笑みを浮かべるライティアに、依然として腰を庇ってよつんばいのしまらない姿勢ながらも、ミアキスは妹弟子を胸を張って送り出すのだった。
続く