「本当にいいんでしょうか?」
「しょんぼり…」
済し崩し的だったとはいえ衣食住のお世話になり、給金まで出してもらった恩人に挨拶も告げず立ち去るというのは、ハクトとごましおには憚られた。
「いいっていいって。大地の箱舟の時間もあるでしょ?女将さんの面倒は私がみておくから」
昨晩の楽しい宴。
その間、ひたすら紹興酒をあおっていたミアキスは、すっかり出来上がって翌朝となっても大きなイビキをかいており、目覚める気配は欠片もない。
「…仕方ないですね。よろしくお伝えお願いします。じゃ行こうか、ごましお君」
「…うん」
少ない荷物を肩に背負い、二人は虎酒家が見えなくなるまで、途中何度も何度も振り返っては、その背を見送るライティアに向かって大きく手を振る。
「律儀な良い子達だったなぁ」
やがて二人の乗る大地の箱舟の発車時間も過ぎ、ライティアは店内に戻ると、未だイビキをあげているミアキスに声をかけた。
「二人はもう行きましたよ。…まったく、こんな別れでよかったんですか?」
「ふん、湿っぽいのは、苦手なもんでね」
虎ならぬ狸寝入りをかましていたミアキス。
それに呆れ顔しつつ、ライティアも唯一の荷物のズタ袋を拾い上げる。
「じゃ、私も親友が待ってるんで、そろそろ行きます。お世話になりました、押忍!!!」
「よしておくれ、とうに破門された身だ。儀礼は結構。今晩からはつまみ食いされる心配もないかと思うと、せいせいするよ」
ミアキスは、ピシッと礼を告げるライティアに対し、フランクにひらひらと手を振る。
振り返らず去り行き、少しずつ遠ざかるライティアの後ろ姿。
「…いつでも戻っておいで」
3人に向けたミアキスの別れの言葉を、優しく吹く風だけが聴いていた。
グレンで先に下車するハクトを見送ってからの列車一人旅と、チームアジトへ続く細道を行く道程は、思った以上の疲労をごましおにもたらしている。
「それにしても…お腹が空くなぁ…」
加えて、見慣れたチームアジトへの道程は、何故か種々様々な料理の香りに包まれていた。
夕飯時だから致し方無くはあるが、それにつけても目指すゴールが近づくにつれ、香りはどんどん強くなっている気がする。
「お帰りっ!!」
まだ遠目にわずかとらえられる段階で、待ってましたとばかりに声を上げたのは、チームアジトの庭に拵えた即席のかまどで寸胴鍋を火にかけ、お玉で中身をかき混ぜるウェディの青年。
ミサークほどにエプロンの似合うウェディを、ごましおは知らない。
懐かしくすら感じるチームアジトには、『お帰りなさいレタシックブレイブ!!』の大段幕が据え付けられ、小さなヒーローの凱旋を華々しく出迎える。
「「「お帰り!!!」」」
ごましおに声をかけるチームの皆はそれぞれに、桜の木の薫りをまとったターキーレッグやら、香ばしい焦げ目のついたみたらし団子やら、トマトの甘みと唐辛子の辛さが絶妙にブレンドされたソースに浸した拳大の唐揚げやら、主賓を待ちきれず思い思いにパーティーメニューを頬張っていた。
「あ〜っ皆ズルい!!オレのぶん、ちゃんと残ってるの!?」
溜まった疲れと、昨日の宴の胃もたれはどこへやら。
目移りしてしまう色とりどりの料理を前に、元気良くテーブルに飛びかかるごましおであった。
続く