「う~ん…まだクラクラする…」
「しっかりしてよね。このあと船に乗るんだから」
案の定、時間ギリギリになっても目覚めなかった為、マユミはクマヤンの鼻を掴んで思いっきり引っ張りあげ、無理矢理始発の大地の箱舟に詰め込んで今に至る。
春の気配をうっすらと感じる頃合いとはいえ、やはりまだ冬の只中、迫る朝焼けを待つジュレットは夜の闇に覆われている。
早朝故に人影の無いジュレット駅を出てすぐの桟橋には、見覚えのある姿があった。
「待ちかねたぜ、お二人さん!」
寒さに耐える為かギンガムマフラーをいつもより高めに巻き付けたマージンと、駅から出た二人の姿を見つけるやいなや、錨を引き揚げる作業に取り掛かっている魔法建築工房『OZ』の大棟梁、ロマン。
テルルのスワンボートの修理の間、概ねテルルの飲食代ですっかりクマヤンの酒場にツケを貯めに貯め込んだ二人は、看板メニューの食材調達に無償奉仕で駆り出されたのだ。
例によってマユミがなかば強引に約束をとりつけた為、申し訳なく思うクマヤン。
お礼の代わりに、食材を確保した暁には、試食も兼ねていの一番でカレーを振る舞う約束をしている。
「やっほ~、マユミっち、おひさ」
そしてもう一人。
船の舳先で器用にバランスをとってあぐらをかき、パタパタと手を振っているのは、忍び装束に身を包んだ花火使い、きみどり。
今回食材の調達に使う猟具を作るにあたり、マージンが協力をあおいだと聞かされていた。
「さあさあ、この『キングオブシー・アルティメットクラーケンハンター・ポセイドンギャラクシー号』に乗った乗った!」
毎回毎回、渾身の命名を省略される対策か、無駄に長いその船名を筆記体で滑らかに刻んだ果てしなく長い金属プレートを横目に、クマヤンとマユミも船に乗り込む。
もはやロマンのネーミングセンスにツッコミは不在だった。
それはそれで寂しく感じるロマンを尻目に、かくして船は出港し、マージンは海図を取り出すとプランの説明にとりかかる。
「目的地はルシナ村の近海。懐かしのレヴィヤルデ、レヴィヤットの航路上のポイントだ。やかましい連中がいたから、事前に露払いも済ませておいた」
「ちょっとばかし歯応えが足りなかったが、『キングオブシー・アルティメットクラーケンハンター・ポセイドンギャラクシー号』の良い処女航海になったぜ」「…ちょっと、また悪目立ちするような事してないでしょうね?」
スワンちゃんの一件しかり、マージンがしたり顔の時は要注意である。
「いやいやとんでもない」
「むしろ善行ですよ?」
ジト目で睨むマユミに対し明らかに取り繕う二人に、きみどりがニコニコしながらトドメを刺す。
「悪目立ちといえば、ちょっとばかし帰り道にヴェリナードの舟と遊んだくらいだよね~」
「「きみどりちゃんそれ言っちゃダメーッ!!!」」慌てて抑止するも既に言葉は放たれている。
「一体何やらかしたのよあんたら!?」
「「黙秘権を行使します」」
「んなもんあるか~っ!」
結局頑なにマージンとロマンは口を割らず、きみどりもまたそれ以上はのらりくらりと話を誤魔化すので、マユミとクマヤンは不安を抱きつつも、既にまさしく乗りかかった泥船、飛沫を上げる遥かなる大海原を見やるほかないのであった。
続く