ことの発端は、アズランの幽霊列車騒動まで遡る。
ロマン達の眼前でレオナルドの放った『蒼天の追想弓』。
その最中で漂った、芳醇なカレーの香り。
誰かの食べているカレーの香りはカレー欲を激しく刺激する。
その法則に見事にハマり、ひたすらカレーを食べ漁ったマユミだったが、列車の中で脳に強く打ち込まれたあまりにも上質なカレーの刺激は、もはや同じカレーを食べなければ満たされることはない状態にマユミを追い込んでいたのだった。
そしてクマヤンの酒場の看板メニュー開発を口実に情報を探し求めた結果、辿り着いたルシナ村。
運良く残されていたいにしえのレシピ集に記載された『真の太陽の海鮮カレー』の材料の中には、見慣れた材料に加え、『赤いイカのイカ墨』との記載があったのだ。
墨袋のみならず、オセアーノンを丸ごと牽引してマージン達の凱旋したルシナ村。
クマヤンは帰り着くなり調理に取り掛かっていた。
昆布とイセエビを煮込んだスープをベースに、あらかじめOZ謹製のマヒャド保存BOXに新鮮な状態で保存された、ホタテ、サバ、タコなどの魚介類に、ルシナ村から供された野菜類を放り込んだ巨大な寸胴鍋がワイルドに盛大な焚き火にさらされ、ふつふつと豊かな食材の香りを振り撒く。
クマヤンは鍋を前にし、これまで調整に調整を重ねたカレールーを詰めた瓶を片手に、緊張の面持ちでオセアーノンのイカ墨を柄杓で量り取る。
滋味という言葉で彩るにはいささか野性味の強すぎるオセアーノンのイカ墨は、分量を間違えれば味を台無しにしてしまう。
「よぅし…」
クマヤンは緊張を鎮めるべくゴクリと生ツバを飲み込み、まずはカレールーを投入した。
数十種類を超えるハーブにスパイス、それらの織り成すエスニックな香りが湧き起こり、集まっていた村の子供達から歓声が上がる。
もう既にとびっきり美味しい事は間違いない。
だが、まだ足りない。
あの時列車の中で漂ったカレーの香り、マユミの記憶を頼りに、いにしえのレシピ集の助けも得て、完成させる為に最後の一手。
ロマンとマージンにより鍋の両サイドから船の櫂の如く大きな杓子で掻き混ぜられ、複雑に渦巻く大鍋の中へ、いよいよオセアーノンのイカ墨が投入された。
クマヤンは臭みに眉をしかめるロマン、マージンを意に介さず、オセアーノンのイカ墨をどんどん追加投入していく。
「…完成だ」
次第に移り変わっていく香りだけを頼りに、臭みが旨味に転じる絶妙な配合バランスを掴みとったクマヤン。
「おお、これはまさしく…」
同じく列車に乗った面々にだけわかる、あの時嗅いだカレーの香りがあたりを包む。
「さぁさあみんな!皿を持ってあつまれ!!」
即興でこしらえたメガホンを構え、村人にカレーを振る舞う一同。
「沢山あるから大丈夫!落ち着いて一列に並んでね~」
「好き嫌いは駄目だぞ。人参抜きとかできないからな!」
次々とカレーを受け取り、一匙口に運んでは笑顔を咲かせる村人達。
村人達へ配り終え、マユミ達も待ちに待ったカレーにありつく。
「何だかいいように利用された気がするが、まあこのカレーの為と思えば悪くない」
アカックブレイブは瞳を閉じ、大海原を包み込んだかのような懐の広い味を静かに噛み締め堪能する。
「これホントサイコ~!おかわりまだある!?」
きみどりはいち早くペロリと平らげ、皿を掲げる。
「苦労したかいがあったってもんだぜ」
アフロとカレーは抜群に似合っていた。
「ホントホント、まさかあの憎ったらしいイカがこんなご馳走に生まれ変わるとはな」
いにしえの真の太陽の戦士団の面々は、太陰の一族による襲撃の少ない頃合いには、カレーを作ってもらう為、連日オセアーノンを狩りにでかけたことすらあったという。
そこでふと、ロマンはある疑念に思い至る。
「…まさかオセアーノンが幻のモンスターと言われるほど激減した理由って」
「いやいや、まさかね…」
カレーのせいで絶滅、なんて話はなんともしようがない。
「どうしたのよ、黄昏ちゃって」
クマヤンは皆が思い思いに食事を楽しむ様子を、1人離れて見守っていた。
「いや、500年前にも、こんな景色が広がっていたのかと思ってな」
味が紡いだ歴史と笑顔。
万感の思いで見つめるクマヤンの横顔を、マユミもまた微笑みを浮かべて見つめるのだった。
~完~