引き続き飛び込んでくる罵詈雑言の応酬に眉をしかめつつ、工房の扉をノックしたウヅキだったが、返答はない。
「今度という今度はもうホントに知らないからね!」
代りに耳を貫通した怒鳴り声に嘆息し、もはや礼儀は不要と、ノブをまわして扉を開いた。
「あ~、あ~、コホン。ちょっとよろしいですかご両人!!」
大喧嘩の声に負けぬよう、声を張り上げ叫んだウヅキ。
「…?警察の人?」
突然の来訪者に戸惑いながらも、服装からあたりを付けてティードが問いかける。
「おまわりさん?ちょうど良かった!実は泥棒に入られて…」
答えを待たず、ぱあっと余所行きの笑顔で話しかけようとしたマージンの眼前に、ウヅキは一枚の写真を見せつける。
「このごうけつぐまの像に心当たりは?」
クマヤン以外にも、突如街中に放置された巨大なごうけつぐまの像を訝しんだ者がおり、運良くか運悪くか、在りし日の姿が写真に保存されていたのだ。
「あるある、ありま~す!」
先生の質問に元気よく答えるちびっ子の如く、全力の挙手でマージンは答えた。
「よし、ランニャー、手錠をかけろ」
「いやウヅキ姉さんそれは横暴すぎるニャ…。突然失礼したニャ。実は、昨日深夜、アズラン住宅村で爆発騒ぎがあってニャ」
突っ走るウヅキをフォローすべく、置いてけぼりのマージン夫妻に丁寧に説明を始めるランニャー。
「幸い人的被害は無かったんニャが、酒場が一件跡形も無く吹き飛んで、現在アズラン住宅村は捜査の為に一時封鎖中なんだニャ」
ここまでの話を聞けば、もはやみなまで言う必要は無い。
「さ、この馬鹿をしょっ引いてやってください」
一瞬の間に手早くマージンを縛り上げたティードが、ウヅキの方へ目掛け、そのお尻を蹴り飛ばす。
「いってぇ!ちょっと!!濡れ衣だっての!その像は盗まれたんだよ!この惨状見てちょうだい!…だいたい、ここ2,3日ずっと一緒に居たでしょティードさん!!」
さすがの体格差と、遠慮のない一撃に無様に床に転がり、恨めしくティードを睨みあげるマージンだったが、腕を組んでツンと横を向き、ティードはその目を合わせようとしない。
「そうなのかニャ?」
少なくとも、ずっとグレンに居たのであれば、マージンにごうけつぐま爆弾を仕掛ける余裕はない。
「さぁ?どうだったかしら?」
「ちょっと!!」
しかし唯一の証人はあっさりとマージンを見放した。
「そもそも家族の証言では、アリバイとしては認められないな」
「でしょうでしょう?」
マージンを擁護するどころか、ウヅキに援護射撃をする始末である。
正直自分でも扱いに困ってはいたが、友人からの贈り物にとんでも無い事をされてしまったティードの怒りはとても深い。
「ティードさん!喧嘩中とはいえ、味方する相手がおかしいでしょ!!」
「さぁ、楽しい時間が待っているわよ。うふ、ウズウズしちゃうわ」
かくして、派遣元である世界宿屋協会や、住宅街管理組合へ事件の報告と今後の対応の相談の為、フライナが留守にしていたのも災いし、首根っこを掴まれ連行されてしまったマージンであった。
「だから何度も言ってるだろ!冤罪だ!!」
紆余曲折の後、マージンはアズランの犯罪者留置所内、取調室の金属椅子に雁字搦めに縛り付けられていた。
「うふふ、良いわよあなた。とても良い。屈服させるのが楽しみだわ」
マージンに向かい合い、ごく近い距離の簡素なテーブルに無作法に腰かけ、足を組んでいたウヅキはそっと踵をもたげ、パンプスのヒールをマージンの太腿に舞い降ろす。
「うっ…」
意識してかしないでか、ウヅキの至極妖艶な振舞いと、太腿に走る甘い痛みに、ついつい生唾を呑むマージン。
「時間はた~~~っぷりあるんだから、楽しみましょうねぇ。ランニャー、アレを持って来て頂戴」
「いきなり最終兵器を使うんですかニャ!?」
「文句あるの?」
「い、いえ、かしこまりましたニャ」
ウヅキの命を受け、取調室から退出するランニャー。
やがてテチテチと可愛らしい足音を響かせ、慎重な歩みで戻ってきたランニャーの手には、どんぶりを乗せたお盆が握られていた。
「ウヅキ姉さん、お待たせしましたニャ」
「ありがと」
ハートマークが飛びそうな可愛らしい礼を告げ、どんぶりを手に取るウヅキ。
「そっ、そのどんぶりの中身は、まさか…!!」
驚愕するマージンの鼻先近くで、ウヅキの最終尋問兵器が火を噴くのだった。
続く