「おや、久しいな。君が直接ここへ来るのは」
足音だけで来客が誰かを判断し、オレンジのバンダナを巻いたプクリポの男は手元の工作機械に向かったまま話しかける。
「…また機械が増えてませんか?」
「これもまた、立派な社会貢献というやつだよ。犯罪者は肩身が狭いものでね。日夜、ヴェリナードの民がより便利で快適な生活を送れるよう、発明に勤しんでいる」
フツキ自身もその昔、マージンの巻き添えでお世話になったことのある、ヴェリナードの牢獄。
檻を隔てた向こう側には、とても牢屋とは思えない、ちょっとした工房とも呼べる程に充実した空間が広がっており、巨大な工作機械群に不釣り合いの小さな男が、バチバチと火花を散らしながら忙しなくその腕をふるっている。
「そうだ、先刻教えたアズランの木を愉しむコーヒーはどうだったかね?折角の機会だから、たまには文でなく直接君の言葉で感想を聞きたいものだ」
何かしらの溶接を終え、作業に一つの区切りがついた所で、ヴェリナードの模範囚、フィズルはフツキに向き直った。
「失礼ながら小手先かと考えていましたが、大自然とコーヒーのハーモニー、最高でした。しかし、マージンに台無しにされましたが…」
「はははははははははッ!バースデイブレンドの一件といい、相変わらず苦労してるようだな、友よ」
「その一件は貴方にも責任があるでしょうに」
かつてディオーレ女王生誕祭にわくヴェリナードを、自ら復元・改修した古代兵器で襲撃し、マージンと戦い敗北した男、フィズル。
事後処理の為何度か足を運んだマージンに同行した際、互いのコーヒーに対する深い造詣に意気投合したフィズルとフツキは、以後手紙のやり取りを交わすほどに親交を深めていた。
「お、因みに今着ているそれが以前手紙にあった新しいスーツかね?なるほど…伝達系統の素材は…ふむふむ…強度の確保の為のハニカム構造…ほう…美しい…」
フィズルは、技術者だからこそ見ただけでも伝わるフツキのスーツの無駄の無さ、洗練された機構の数々に感嘆し、ギリギリまで近付いて観察にふける。
「…で?」
「はい?」
「まさかスーツを見せに来てくれただけ、というわけではないんだろう?」
違いが分かる漢同士、フツキは、心地よい時間についつい本題を忘れるところだった。
「先程、マージンにまたしてもコーヒータイムを妨害されたというお話をしましたが…」
「うむ」
「現在、アズラン住宅村は爆弾騒動により厳戒態勢にあります。巨大な木彫りのごうけつぐまが爆発し、酒場を1軒、吹き飛ばしました」
頬に付いた機械油を、これまた黒ずんだタオルで拭き取りながら、フィズルは黙ってフツキの話に耳を傾ける。
「使用された爆弾はマージン製に間違いはありません。あの独特な火薬の匂いは、鼻に染み付いてる」
「黒色火薬の配合が独特だからね」
「ええ、加えて爆発の起こる直前、マージンが爆心地方面から走り去るのを俺は宿から目撃しました」
「なるほど、という事は」
「ええ、つまりは」
「「まことに残念ながら、マージンは犯人ではない」」
状況証拠から導き出された二人の解答は、ピタリと一致したのだった。
続く