真紅に染まった獣の瞳が、本来の栗色の輝きを取り戻す。
そこからの変化は、まさしく劇的だった。
アンプルを打たれた途端、ほとんど一瞬にして、オーガ種族を遥かに上回る巨体が、もとのプクリポの大きさに巻き戻る。
乱雑に生え飛び出していた牙はするするとちじみ、おちょぼ口の中に消えていった。
風船が弾けるように魔獣の体は消え果て、心臓の位置に合わせて巻き戻ったマクスの体が落下を始める。
頭部からの出血の影響でよろめきながらも、おきょうはなんとかマクスを受け止めた。
「…おきょ…う…?何だか…悪い…夢を見ていた…みたいだ」
お互いの霞む視界に、それぞれ懐かしい顔が映る。
「大丈夫。悪夢は終わったの。とりあえず、ゆっくり休んで」
おきょうは膝枕で横たえた友に、にっこりとほほ笑みかける。
再会を果たした二人をしかと瞳におさめ、セ~クスィ~は魔装を解く。
「本当にありがとう、セ~クスィ~さん」
「いいや、礼を言われる筋合いなんてないさ。彼を救ったのは、あなたの発明だ。また勝手にベルトを拝借させてもらった。すまない」
腰から外したベルトを差出し、おきょうに対して深く頭を垂れるセ~クスィ~。
差し出されたベルトを、おきょうはじっと見つめた。
ついぞ、製作者たる自分には扱うことができなかった魔装2号機。
初めて自身で試し魔装展開に失敗して以来、ずっと頭を抱えていた難題に、ようやく一つの答えが見えた気がする。
マクスを、友を救いたいという気持ちに、もちろん嘘偽りはなかった。
だが、セ~クスィ~の様に、袖振りあったとも言えない赤の他人を、同じ覚悟、いや、同じ勇気をもって、助けようとすることが、自分にできただろうか。
自分で思いついておきながら、何とも非科学的な話に笑ってしまいそうだが、きっと、魔装2号機、いや、ドルセリンは、セ~クスィ~の勇気に反応して燃え上がったのだ。
「力と…勇気…か。…ねぇ、セ~クスィ~さん。ひとつ、提案があるのだけれど…」
この後、おきょうとセ~クスィ~はタッグを組み、依然として残るドルセリンモンスターの問題を皮切りに、アストルティア中の涙をとめる為の戦いを始めることになる。
やがて、謎に包まれた自称改造人間、知恵深きドワーフ、魔装の展開は為せずとも人一倍の勇気を秘めたエルフの少年、ドルボードのメンテナンス、とりわけタイヤの扱いに長けた寡黙なオーガ女性が加わり、綺羅星の如きヒーローチームが結成されるのは、まだ少し先のことであった。
「…ふぅ」
豊かなヒゲを蓄え、その髪にだいぶ白いものの混じった、壮齢の終わりに差し掛かった年頃のオーガの男性は、ぱたりと本を閉じた。
「あら、あなたまたその本を読んでいたの?あの子にも、おきょうさんにも、脚色が激しくて恥ずかしいから、捨ててくれって散々言われてるでしょうに」
男の妻は食器を拭くのに使った布を干しつつ、呆れ顔で夫を見つめる。
「捨てるなんてとんでもない。これは我が家の家宝だよ」
「はいはい、さ、そろそろ寝ましょ?明日の仕事に差し支えるわ」
口には出さないが、捨てるなんてとんでもない、と思っているのは彼女も同じだ。
「おっと、もうそんな時間か。いかんいかん」
男は妻に促され、手にしていた本をそっと丁寧に本棚に戻す。
すっかり背表紙が擦り切れ、タイトルの読めないアカブレイバーの絵本の横に大切に仕舞われた本。
そのタイトルは、『アカックブレイブ誕生秘話!』―
~完~