「ふむ。取り立てて珍しい色彩でもない。神話時代の裸像に代表されるようなダイナミックな造形というわけでもない。…本当に、何処が良いのだろうな?」
品定めをするように、足元からゆっくりと、ぐるりとぐろを巻くように、ジュエの顔を持つ何かはキャトルの身体を睨め回す。
「………っ、くっ…」
まさしく蛇に睨まれた蛙の心境というものを、自ら味わう日が来ようとは。
キャトルは恐怖に硬直した肺で必死に息を吸おうと喘ぐ。
「おお…!怯える様子は可愛いな!可愛いぞお前!!」
ゆっくりゆっくりキャトルを下から上へ観察し続け、ようやくその顔を視界に捉えた所で、ジュエの顔をした何かは、突然感嘆の声を上げキャトルに飛び付き口付けした。
「…!!?」
全く想定のつかない展開に目を白黒させ、されるがままのキャトルの身体に、不意にムチが絡み付く。
「お、お、お、お前!何やってんだ!?この節操無しが!!」
体を雁字搦めにしたムチで強引な接吻から引きずり離され、朦朧とする所を今度は真っ赤な顔をしたジュエに胸ぐらを掴まれて、キャトルは不可抗力で散々な目にあっている。
その背後では、キャトルの奪還に一役買った、ムチを持った小太りのサーカス団員風のモンスター、エビルマスターが、キスの相手を奪われ唇を尖らせるジュエの顔をした何かと対峙している。
今度は先程のキャトルに対してのように絡め取るのではなく、両断する腹積りで振り下ろされたエビルマスターのムチが、ジュエの顔をした何かの肩に強かに打ち込まれたが、水溜りを穿ったように着弾点が弾けたかと思うと、そのままズブズブと黒い体に沈み込んでいく。
ムチを引かれ慌てふためくエビルマスターは、そのままずりずりと引きずり寄せられると、ドプリと音を立てて、ジュエの顔をした何かの身体に飲み込まれてしまった。
「御馳走様。相変わらずなかなか良い絵の具を使っているな、ジュエ」
エビルマスターを飲み込むと、ぽんぽんと腹のあたりを叩き、知り合いであるのが当たり前といえば当たり前か、さらりと昔馴染みのように気安い感じでジュエに話し掛ける。
「お前の方から来てくれるとは好都合だ」
ジュエは、酸欠の後に襟元を絞められ気絶寸前のキャトルを地に放し、スケッチブックのページを複数枚まとめて鷲掴み、無造作に引き千切った。
ストーンゴーレムにアークデーモン、ホークブリザード。
戦略も何もなく、適当に顕現されたドロウモンスターが一斉に突き進む。
「ハッ、手荒い歓迎だな!アタシも全力で応えよう」ジュエと同じ相貌を愉悦に歪め両腕を広げると、足元の影が辺りを侵食するが如く、漆黒の沼を成して拡大する。
地獄に通ずるが如く、じごくのきしを筆頭に、しにがみきぞくにワイトキング、ボーンプリズナー、ありとあらゆる大量のゾンビ系モンスターが影からぞろぞろと這出る。
「返礼だ。愉しんでくれ」
パチンと漆黒の指が音を鳴らした刹那、屍人の濁流がジュエとキャトル目掛けて突進を始める。
「くっそっ!」
先行していたドロウモンスター達は一瞬で呑み込まれ消え果てた。
視界を埋め尽くす勢いで迫るモンスターの群れを前に、ジュエは未だ転がるキャトルの首を掴み、空いてる方の手で別のページを引き千切り、地面に押し当てる。
次の瞬間、辺りを眩い閃光が包み込んだ。
続く