「この扉の向こうが、目玉の一つ、劇場車両でございます。一度の公演につき5組10名様限定となりますが、間近で迫力ある演目をご覧いただけます」
「そうか、なるほどなぁ」
「…何が?」
「いや、ほらあれだよ、この列車、揺れが無いのがウリの一つだろ?車内劇場なんて、そうでもなきゃ構想すら立たないって」
一日車掌に選ばれたごましお。
一日車掌には、イベントに先駆けて、新型車両の中をお披露目してもらえる権利も付帯している。
そんなわけで、お供のミサークを引き連れてやってきたわけである。
ごましおの引率を誰が務めるかに関しては、チームメンバー誰しもが一歩も譲らず、3日間に渡る血で血を洗う壮絶な大富豪大会の末、ミサークに決定した。
そんなミサークはというと、シャツこそごましおとお揃いながら、左腰をおおうロインクロスと同じく落ち着きあるシックな色合いに染めたリボンタイを締め、動きやすいスチームスーツのズボンを身に着けて、大胆な差別化を図っている。
軽くオールバック風にまとめた髪型もまた、付き人にふさわしい気品に満ちていた。
「お目が高い!」
そして、船内の説明にキョトンとするばかりの一日車掌と違い、褒めてほしい所を絶妙に汲み取るミサークに支配人もホクホクの笑顔を浮かべる。
「そしてこちらが観劇中にお楽しみ頂ける各種スナックやお飲み物などの販売を行う売店で、オススメは…」
支配人は店員に合図を出し、二人分の紙の包を取り出し、ごましおらに手渡そうとする。
しかし一日車掌がまっさきに食らいついたのはそこではなかった。
「ふぉぉぉ!!?これぞ定番のオーグリードのバターとウェナのハーブソルト、土地の雰囲気にマッチしたエルトナのだし醤油に、暑い日には堪らないドワチャッカのスパイシーなカレー、喉に絡まる甘さがクセになるプクランドのハニーバター、最近ようやく行けるようになったレンダーシア劇場のバーベキュー味まで!」
売店のショーウィンドウにかぶりつき、まさかの全大陸のフレーバーが揃い踏みしたポップコーンのラインナップに驚愕と興奮を禁じ得ない。
「…オススメはこちらのダージーパイなんですが…聞こえてないですねぇ」
ミサークは寂しそうな表情を浮かべる支配人から、ごましおの顔程は有ろうかという丸く平ぺったい包を受け取り、さっそく中身に齧り付く。
「いやこれ美味いっすよ!スパイス効いてて最高です!!」
ミサークはポップコーンに夢中なごましおの代わりに、叩いて薄く伸ばした鶏肉をたっぷりの五香粉で味付けし、スナック感を重視して厚めに衣を揚げまとわせたオススメの逸品に太鼓判を押した。
ザクザクと衣の弾ける音さえも香ばしいアクセントとなっている。
「ところで支配人さん。ちょっと気になってるのが、この大地の箱舟の推進システムなんだけど。確かスパイン何とかって…」
「そちらは如何に一日車掌様と、お付きの方といえども、詳細は企業秘密でございます」
「そっかぁ、残念」
新型車両の目玉、新たな駆動系の名はスパインシステム。
新型の燃料炉というざっくりもざっくりな情報しか明らかにはなっていない。
全種詰め合わせを用意してもらい、相変わらずポップコーンに夢中なごましおの頭を撫でつつ、ミサークが目線を向ける先にある機関車両の中央、その球形の炉の中では、静かに金色の頚椎が浮かび、怪しい輝きを放っているのだった。
続く