「スシ姉、ちょっと、もう少しゆっくり…」
白磁のような布地に燃え上がる焔をあしらった東洋風の武闘着をまとった白髪の少女が、眠そうな目をこすりながら姉、オスシの後を追う。
その頭には、オーガ種であることを物語る2本の角の他、言ってしまえばさながら魔族のような立派な2本の合わせて4つの赤い角が生えており、一方、スシ姉と呼ばれたウェディの少女もまた、嵐の海のように牙立ち荒れた特異な耳ヒレと背ビレを揺らしながら、呆れ気味に妹の方を振り返る。
「あのねヤマ、今日が何日か、本当に分かってる?」「分かってる分かってる、分かってます!だからこうしてできる限り急いでるっしょ?」
往来をゆく人々はその二人の様子を、『ああ、またやってる』と、にこやかに見守る。
彼女らの長姉にして、秘匿としているが竜族とのハーフエルフである少女、いなりはこの町に居を構える道場の主である。
二人は、孤児として彷徨っていた所をいなりに引き取られ、彼女の妹として共に育ってきた。
いつの間にやら、種族の違いもあり、あえなく三女、次女の逆転を許し、身長のヒエラルキーが綺麗に逆転した仲良し三姉妹はすっかりこの町の名物でもあった。
「わっ、ご、ごめんなさい!!」
結局開店時間には間に合わず、慌ててお店に駆け込もうとした二人は、ちょうど買い物を済ませた女性とぶつかりそうになり頭を下げる。
「大丈夫大丈夫、気を付けてな」
実際にぶつかったわけでもない。
買ったばかりの包みが無事なのを確認し、かげろうはひらひらと手を振り歩き出す。
「…はて。さっきの二人、前に会ったか?」
何処かで見覚えがあるなと首を傾げつつ、先を急ぐかげろうであった。
「あのっ!!今日発売の限定品、まだ残ってますか!?」
ひるがえって店内。
かげろうとぶつかりそうになって傾いた体勢を整えるのも惜しみつつ、オスシとヤマはカウンターへなだれ込む。
「おお、こいつのことかい?最後の一つ、残ってるよ!」
危ないところだった。
「それ!!ください!!!プレゼント包装もお願いします!」
幸運に感謝しつつ、オスシとヤマはコツコツと貯めたクエスト報酬のゴールドと目当ての品を引き換えるのであった。
「…二人共どこ行ったんだか、まったく」
悪夢の中でかげろうと斬り結んでからはや一ヶ月。
薬師も驚くほどの回復速度で、早くも完治と言えるほどにいなりの腕は回復していた。
家紋の描かれた藍色の小袖に身を包んだいなりは一人、本日新装開店する団子屋の行列に並んでいる。
妹達も誘おうと思ったのだが、しっかり者の次女オスシは兎も角として三女のヤマまで早朝から屋敷を留守にしており、仕方なく一人で出向いた次第であった。
「姐御、今日はいつものみたらしではないのか?」
いなりの正面、銀髪を束ねたエルフの少女が、そのまた前に並ぶオーガの女性に声をかけた。
「ああ、今日の目当てはわらび餅だ」
女性は振り返り、少女に答える。
失礼とは思いつつ、姐御と呼ばれた燃えるような赤髪の女性の、黒のタンクトップから伸びる鍛え上げられた腕に目がいくのは、もはや職業病と言っても差し支えない。
エルフの少女もまた、まるでキラーマシンと対峙しているかのような、背筋がひりつく感覚をいなりに与える。
(あ、この人達、強い…って、いかんいかん)
ついついふと目にした相手の力量を推し量ってしまう悪い癖を心の内でそっとたしなめた。
姉と妹の序列こそ自身とは逆であるが、オーガとエルフの二人連れの姿は、妹のヤマを羨んだ日々を思い起こさせる。
筋力こそあれ、エルフの特徴が強く出た己の身、妹ヤマのオーガの身体は憧れであった。
長い四肢は、その分筋肉を詰め込めるし、技のリーチも延伸される。
高い身長はそのまま振り降ろしの威力の向上に繋がる。
詮無きこととは分かりつつも、
やや後ろ暗い羨望は止められなかった。
それをピシャリと打ち消してくれたのが、かげろうであった。
長きに渡り呪い子と誤解されてきた、ニコロイ王の亡き姉君に奉納する剣舞。
エルフの身でありながら、武神を体現するかのような彼女の舞に、いなりの心は高鳴った。
緊張の中挑んだダンノーラでの模擬戦、そして、今思い返しても不思議な体験だった、夢の中での斬り結びを経て、彼女の存在はただの憧れから確固たる目標へと変わりつつあるのだった。
続く