「一日早いが、トリックオアトリートというやつだ。わらび餅をくれなきゃ、もっと大声で吹聴するぞ」
「わかった、わかりました!」
ずいと包みを差し出すが、かげろうは一向に手に取らない。
不審に思っていると、かげろうはいなりの隣に腰掛けて、再びあんぐりと口を開き、ちょいちょいと指をさす。
お前が食べさせろということらしい。
いなりは目眩を覚えつつも、かげろうがしびれを切らして大声を出そうと息を吸い込むものだから、慌てて残りのわらび餅をまとめてかげろうの口の中に放り込む。
「ううん…これがお前の愛がこもった味か。とろけるように甘い…」
かげろうは口いっぱいに大振りなわらび餅を3切れも詰め込んで、キングスライム化した顔面に上気した笑みを浮かべる。
「これっぽっちも込めていません!あっ…」
うっかり大声をあげてしまい、集まる周りの目線に慌ててペコペコと頭を下げる。
しかし間の悪いことに、観衆の中にはいなりの最も身近な二人の姿もあった。
「いな姉、ここに居たんだ!」
「あちこち探したんですよ」
それはこちらの台詞だと、声を大にして言いたい所だが、今はそれどころではない。
紅葉の名所で同じベンチに腰掛け、あまつさえ手ずからに甘味を分け与えている。
傍から見れば逢瀬以外の何物でもない。
また面倒な事になったと青ざめながらも、あらためて誤解を解き納得させる筋書きを慌てて考えるいなりをよそに、三人はいなりを置き去りに話を弾ませる。
「…おお、そうかそういえば。いなりの妹達だったか」
「あっ、今朝の…ムガッ」
買い物の件はまだ少し長姉には内緒にしておきたいというのに口走りそうになったヤマの口を慌てて塞ぐオスシだったが、時すでに遅し。
目ざとくいなりは義妹達の怪しい様子を嗅ぎつける。
「…今朝?そうだ、二人して何処へ?ん?…今、何か隠した?」
「「いや、何でもない!何でもないよ!?」」
「いや、絶対に怪しい。見せなさい」
「いな姉、何も無いってば!」
かげろうを置き去りに三姉妹が押し問答を繰り広げる。
事実、オスシが咄嗟に後ろ手に隠した包みを、かげろうは然と確認していた。
それだけでも高級な飾り和紙をふんだんに織り込んだ、掌に収まるほどの小さな袋。
それは特別な商品にのみ使われるもので、隠しきれない気品ある香りを仄かに漂わせていた。
(なるほど、なるほど。で、あれば、野暮はすまい)オスシとヤマの意図を察したかげろうは、くすりと微笑み立ち上がる。
「用を思い出した。では、息災でな」
「あっ、は、はい」
「は~い」
「はい」
三者三様に礼を返し、中でもとりわけぶんぶんと大きく腕を振るヤマにかげろうはひらりと手を振り背を向けた。
充分に三姉妹から離れたあたりで、不意に頭上からかげろうへ声がかかる。
「…お渡ししなくてよかったのですか?折角用意したプレゼントなのに」
木の枝から蝙蝠のようにぶら下がり首を傾げるのは、かげろうのかかえる御庭番衆の一人である花火師のきみどり。
「普段からお前達にも散々に言われているけどもな。私にも節度と思いやりというものはあるのだよ」
かげろうが懐から取り出したのは、いなりの妹達が用意したプレゼントと全く同じ包みだった。
「今はまだ、妹達から貰ったほうが嬉しかろう」
帰宅するまで待ちきれなかったのであろう、遠目でかげろうが見守る中、妹達からのプレゼントを受け取りさっそく開封して、いなりがぱぁっと笑顔を咲かせる。
「流石はいずれ私の義妹になる少女達だ。良いセンスをしている。来年は、もっと趣向を凝らさねばな」
梱包の袋越しでも、上質な檸檬と厳選された紅茶の芳醇な薫りが漂う、数量限定の香り袋。
まさか、プレゼントが被ってしまうとは思いもしなかった。
「やる。好きにしろ」
不要になった品をひょいときみどりに放り投げると、喜びのあまり妹達に抱きついているいなりに背を向ける。
「ハッピーバースデー、いなり」
微笑みと祝いの言葉を風に乗せ、その場を立ち去るかげろうであった。
~完~