「…少年…少年!!」
「えっ…ああ、はい、すみません!」
「その様子では私の話を聞いていなかったな!?君の一生を不意にするレベルの損失だぞ!」
怒られている最中ではあるが、ハクトの視線と意識は展望ラウンジから直線上に見える会場の入り口に向いていた。
新たな入場者は、黒のズボン、腰に巻き付けたキラーパンサーの毛皮は深い灰色に染めあげて、ズボンと同じ色合いの服に身を包んだ上半身は動かしやすいようにか右腕だけ露出させている。
頬を埋める赤い傷痕を除けば、短く邪魔にならぬようにただ跳ね上げまとめた散切りの髪も含め、全身余すところなく焼け残りの如く黒と灰色に統一された姿は、鋭い目つきも相俟って、まるで夜中に窓から挿し込む冷たい月の光が歩いているようだった。
つまりは、この科学に埋め尽くされた会場に、その粗野な出で立ちは極めて似つかわしく無い。
その印象は正しく、チケットを持っていなかったのだろう、スタッフが制止しようとするのと同時に、女の口元が嘲笑うように歪む。
「…いけない!」
「のわっ!?何をするのかね少年!?」
たまたま働いた第六感。
相手は大人とはいえぬいぐるみサイズのプクリポの身体を肩に抱えて飛び退った後ろを、ベギラゴンの炎を氷に置き換えたような巨大な氷柱の群れが駆け抜ける。
「危なかったぁ…」
「何だあのけしからん女は!?私の頭脳にどれだけの価値があると思ってる!!!野蛮人め!!!赤ゴリラの同類か!?これだから胸のでかい女は嫌いなんだ!」
助けてもらった礼もなく、ハクトの腕から這い出ると、振る舞いだけでなく胸のサイズもけしからん乱入者の方へ喚き散らす。赤ゴリラ、という単語に少しの引っ掛かりを覚えつつも、ハクトも入り口へと再び目を向ける。
会場をまさしく縦断した氷の列。
その発端はやはり先程の女性であった。
一際大きく天を向く氷柱を軽々と宙返りを交えて飛び越え、降り立った女は悠然と会場内を闊歩する。
その姿を睨み、男は高らかに叫んだ。
「直々にお灸を据えてくれるわ!来い!!ケラウノスマーク2!!!」
背後の壁を突き破り、ダークボーンヘルムを被ったてっこうまじんが現れる。
「イエス、マスター」
しかし返答の声は鎧ではなくその手に握られた聖者のつるぎの方から響いた。
発言に合わせて、刀身とヘルム、双方の表面に刻まれた電子回路上を光が走る。
マッドサイエンティスト、プクリポ、赤ゴリラ、ケラウノス…。
点と線と違和感が、ハクトの中で一つに結ばれる。
「まさか…ケルビン…!?」
ケルビンは既にケラウノスマーク2の肩に乗るとします共にラウンジから飛び出しており、呼び捨てを咎められる事はない。
アカックブレイブとおきょう、ひいては超駆動戦隊ドルブレイブの仇敵にして、大地の箱舟の一件ではハクトも袖振り合った悪者の背中を、ただ呆然と見送るハクトであった。
続く