これだけの騒ぎである。
あっという間に警備員たちが入り口付近に殺到するが、一人、また一人と、女の鋭い拳を受け呆気なく沈んでいき、最後に残った一際体躯の大きいオーガが破れかぶれに突進をかける。
警備員を一瞥するも意に介さず、そのまた遥か頭上から猛スピードで迫る怪しい二人組に気付いた女は、掴みかかろうと差し出された警備員の腕を躱して下から手首を捉え、自身よりも大きい身体を軽々と投げ飛ばす。
「振り払え」
「イエス、マスター」
テラス席から跳躍の最中、足場の無い状況にも関わらず、ケラウノスマーク2は造作もなく構えた盾で飛来するオーガの巨躯を蚊でも払うように叩き落とした。そのままの勢いで、本体たる聖王のつるぎを女にめがけて振り下ろす。
落着の勢いも乗せた一撃は大きなクレーターを生み出した。
教本に載るような鮮やかな唐竹割りであるが、残念ながらターゲットは灰色の毛皮をひるがえし、ケラウノスマーク2の背後に回っている。
「…何だァ?テメェら」
博覧会の関係者であれば、鋼鉄の拳で警備員を無下に扱いはしなかっただろう。
蹴散らした警備員たちとは明らかに毛色の違う乱入者に対して、女は睨みをきかせた。
尋ねるでもなく直ぐ様に拳を打ち込まなかったのは、てっこうまじんの肩に捕まる珍妙な髪型のプクリポが銀色の銃のようなものをこちらにピタリと向けていたからだ。
ギルザット地方を根城とするマドロック船長や、エスコーダ商会の私掠船船長ギャンザ。
彼らの活躍により、海の荒くれ者という認識はあらためられ、海の治安維持や、未知の探求者として『海賊』の御業は再評価され、火薬を用いて弾丸を飛ばす携行銃火器もその広まりをみせている。
こちらに真っ直ぐ向かう尖塔状の銃身は初めて見るが、目の前の男が構えているそれもその類であろう。
明らかに武道の心得の無い身のこなしながら、その狙いは非常に正確で、ピタリと狂いがない。
弾丸をいなすのは簡単だ。
だがしかし、あまりにも距離が近い。
掴み取るか、弾き落とすか。
いずれにせよ、弾に触れる必要が生じる。
痺れ弾など、コンディションに影響をもたらすものであれば、命取りになる可能性があった。
まだここで、歩みをとめるわけにはいかない。
(しかしどうしたものか…)
こうして睨み合いを続ける時間の余裕がないのもまた事実。
ヒャド系呪文を格闘技に添加する彼女の御業は、肉体への負担がかなり大きい。
相手を怯ませる意味でも初手で放った『雪月華』の影響で既に身体はキンと冷えている。
果たして状況を動かしたのは、やっとのことで闘争の中心に辿り着いたハクトの声だった。
「そこまでです!双方、武器をおさめてください!!」
咄嗟の事態に、光線銃の扱いには慣れていても所詮は科学者と、武に生きる者との差が開く。
ケルビンの目線が逸れた一瞬を、女はけして見逃さなかった。
「ナイスだちびっ子!褒めてやる!!」
凍傷も構わず、感覚の鈍りつつある左腕を振りかぶり、再度氷の大輪を咲かせる。
「…ちっ、これだからお子様は!!」
自身の油断をハクトに責任転嫁する悪態をつき、急速に花開く氷塊から逃れようとしたケルビンとケラウノスマーク2であったが、地を蹴った軸足が逃げそこね、ガクンとその身体が傾く。
「砕けろ!」
侵食する氷はそのままケラウノスマーク2の脛までを包み、逃げ場を失った鋼鉄の土手腹に、跳躍からの落下の勢いも込めた女の拳が突き刺さる。
肉体と鋼では本来分が悪いが、『氷柱突き』の名の通り、手首から先にツララを束ねた如き凶悪な拳はケラウノスマーク2をくの字に悶絶させた。
「…!………?!」
衝撃に足を固定していた氷が砕け、諸共に地に打ち付けられたケラウノスマーク2と、その肩から投げ出されたケルビンの身体が2度、3度と弾み転がるのだった。
続く