一方の女はケラウノスマーク2を殴りつけた反動を余すことなく受け取り宙を舞い、音もなく着地すると一目散に駆け出した。
その行先を見極め、ハクトは自身との距離も考慮して、地に転がるケルビンの拘束が先決だと判断する。
「だからお子様だと言う!脅威判定を誤るな!!ヤツを止めるのが先決だ!!…ああ、クソッ!間に合わんか!!?」
ケルビンらに背を向け女が走る先。
そこは生活を便利にする為の発明品が並べられたエリアだ。
捨て置けると判断したハクトに対して、ケルビンは明らかな焦りを見せているが、その理由がハクトはどうしても思い至らない。
そんなハクトの頭上を飛び越えて、腹部を中心に体幹を大きく歪められた鉄塊が、主の意を汲み関節を軋ませながらも全力で駆ける。
背後に迫る気配を感じつつ、女は所々氷に覆われたままの腕で目の前のガラスケースを叩き割り、魔技師のグローブをベースに作られた篭手を取り出す。
背後からの不意討ちを恥じる武人の心など、ケルビンは勿論、ケラウノスマーク2には存在しない。
歪んだ身体で無理矢理に剣を振り上げた反動から板金を留めるリベットをいくつか撒き散らしつつも、あらためて女を一刀両断すべくケラウノスマーク2が剣振り下ろそうとした刹那。
「…ちょうど良い試し打ちだ。『氷柱突き』!」
かろうじて振り向いた女の右拳には、既に篭手がまとわれている。
手の甲にあたる部分に取り付けられた純白の魔石が、女の魔力を受け蒼く染まった。
然と地を踏みしめ、正拳が放たれる。
体勢は違えど、先と同じ技。
しかし、拳圧が巻き起こす一迅の風は離れたハクトとケルビンのもとまで吹き抜け、一瞬の静寂の後、鐘を落としたような轟音とともに、ケラウノスマーク2の胴体には歪むどころか砲弾が突き抜けたが如く破片を撒き散らしながら大穴が穿たれる。
「ケラウノスマーク2!自己保全を最優先!!」
ケルビンの命を受けて、僅かに左腕を動かし、ケラウノスマーク2は明後日の方向へ本体である剣を投げ放つ。
それが深々と壁に刺さる様に気を取られ、視線を正面に戻した時には既に、ハクトの身長を遥かに上回る氷塊が迫っていた。
ケルビンはというと、ケラウノスマーク2へ叫ぶとともに既に駆け出しており、遥か彼方。
(逃げる?いや、氷の方が早い!スーツを展開して受け切るしか…いやでも…)
逡巡するハクトを動かしたのは、突然氷塊との間に割って入った灰色の影だった。
旋風のような回し蹴りを受け、ハクトの身体は氷塊の軌道に対して真横に吹き飛ぶ。
あわや、壁に激突しようかという刹那。
飛び込んだ赤い影は、図らずもお姫様抱っこの様相でハクトを受け止め、しばし後退りながらも壁の間際でその衝撃を殺し切る。
「間一髪、ってとこかな」
ベストの隙間から覗く、オーガの特徴たる赤い肌とたくましい胸筋。
理知的な細身のフレームの眼鏡の奥から、アメジストに染まる瞳が優しくハクトを見つめている。
「あなたは…天むすの…」
先だって父マージンの巻き込まれた、悪夢の世界の冒険。
その時の記念、食事中に強引に肩を組みツーショットで写り込んだ写真の中に、彼の姿はあった。
「…確かヒッサァとか言ったか?いい加減、しつこい」
ハクトがその名を父との会話内容から思い出すよりも先に、女の方から声がかかる。
「何処までだって追いますよ、イルマさん。こちらも依頼を受けてるものですから」
そっとハクトを降ろすと、悠然とクアドラピアーを構えるヒッサァであった。
続く