タンと小気味良く、イルマが地を蹴る音が響く。
まるで飛ぶように迫るイルマに対し、ヒッサァは槍の穂先を重心に据え天地のかまえで待ち受ける。
しかしインパクトの寸前、イルマの拳を中心に漂うダイヤモンドダストに気付いたヒッサァは、巨体に見合わぬ素早い動きでイルマの側面に回り込む。
身体の回転とひねりも加えてクアドラピアーの石突で昏倒させるべくこめかみを狙うが、たいして力も込める様子なく持ち上げられたイルマの左拳の甲で受け止められる。
(いや。空気が凍っている?これは…)
ヒッサァの一撃は、イルマの拳に触れる前、宙でピタリと止まっていた。
ピクリとも動かせず、まるで氷を握っているようにキンキンに冷え始めたクアドラピアー。
唯一の得物であるが、ヒッサァの判断は早く、即座に槍を手放す。
僅かに指先の皮膚が凍り、柄に貼り付いて持っていかれ、チクチクとした痛みに眉をしかめる。
しかし、そのまま握り続けていたら、この程度ではすまなかっただろう。
ヒッサァが手放したというのに、クアドラピアーはそのまま凍った空気に囚われて、宙に浮いていた。
数日前に拳と槍を交えた際と、何もかもが違いすぎる。
「…少年、あの篭手は一体何か、知っているかい?」追撃の様子の無いイルマから少し距離を置くと、冷静に記憶の中の相手と今とを比較し、背後に庇うハクトに問う。
「あれは、エクステンドグローブ、だったと思います。甲の部分の魔石に呪文や魔力を込めることで、手にしたコップの中身を温めたり、冷ましたり…」
イルマに睨みをきかせ牽制しつつ、ハクトの話から答えを導くべく、一言一句逃すまいと聞き耳をたてる。
「あ、あと、魔力の低い人の為に、込められた呪文を一段強くする効果が…」
「なんと!?そういうことか!!」
「…え?」
「既に現実が創作に追いついているとは、思いもしなかった」
創作、というヒッサァの発したフレーズに、ライデインを込めた魔法剣を納めることで、ギガデインに昇華する勇者の剣の鞘の話をハクトも思い出す。
メラはメラミに、ヒャドはマヒャドに。
ハクトは以前に説明を受けた際、何て便利なんだろうとしか思っていなかった自分を恥じる。
ケルビンはその危険性にいち早く気付いており、それ故にイルマの狙いも把握できたのだろう。
「…コイツに慣れないうちは、うっかり貴様を殺しかねん。今日は見逃してやる。次に邪魔をしにきたら…」
みなまで言わず、最後にキッと強い視線を送りイルマはヒッサァに背を向ける。
「待て!」
「…駄目だ少年!今は動くな!!」
咄嗟に身を乗り出し、イルマを追おうとしたハクトの肩をヒッサァは強く掴み、引き戻す。
尻もちをついたハクトの頬に赤い筋が走り、凍結で麻痺した痛覚を取り戻すかのようにじわりと痛みが後から追って出た。
未だヒッサァのクアドラピアーを捕らえ、イルマを中心としていわば結界のように拡がる空間氷結の陣は、既に二人の眼前にまで迫っていたのだ。
大人しくイルマの背を見送り、やがてがらんと音を立ててクアドラピアーが地に落ちてからようやく、ヒッサァとハクトは恐る恐る立ち上がる。
「「ぶわぁっ…くしょいっ!!!」」
ともにメガネが飛びそうな程の盛大なくしゃみが溢れ出る。
「はは、お互い、すっかり身体が冷えてしまったね。ちょうどいい時間だ、聞きたいこともあるし、お昼御飯でも一瞬にどうだい?…あ、おっと、その前に」
クアドラピアーを拾い上げると、テキパキと怪我人の救護にあたるヒッサァ。
当然ながら怪我人の中にケルビンの姿は無かった。
ただ置き土産のように、大穴の空いたてっこうまじんが氷塊の中に取り残されているが、イルマの残した氷はまったく溶ける気配がない。
幸いなのは、そのてっこうまじんを除けば氷に囚われた要救護者はいないという事だ。
てっこうまじんを横目にハクトもヒッサァの手伝いに入り、教会から救護の神官がやってくる頃にはすっかり昼も下った時間になっていた。
続く