ヒッサァに連れられ、大手ファーストフードチェーン、『ネイソンズ』メギストリス店の扉をくぐる。
「いつものを、二人分で」
「スペシャルドッグにレモンスカッシュガムシロ抜きでございますね。かしこまりました」
「あっ、今日はドリンクの氷は抜きでお願いします」「氷抜き、承りました」
ヒッサァは手早く注文を済ませると、すっかり顔馴染な様子の店員を見送った。
プクリポサイズの椅子に体育座りのように可愛く収まるヒッサァとともに、未だ身体の芯に残る寒さに時折震えつつ料理の到着を待つ。
運ばれてきたそれは、ぱっと見は至ってオーソドックスなホットドッグに見える。
表面をパリッと焼き上げ切れ目を入れたパンに挟まるは、しっかり茹で上げられ湯気を登らせる丸々と太いソーセージ。
それを覆い隠すようにみじん切りにされた白い野菜がふんだんに盛られている。
テーブル上の二本のボトルを手繰り寄せ、慣れた手付きでケチャップとマスタードを絞るヒッサァを真似て、ハクトもまた自身の前に置かれたホットドッグに赤と黄のデコレーションを施した。
ソーセージの湯気にあてられ、熱を帯びたケチャップから途端にびっくりトマトの甘い香りと、マスタードからは新鮮なビネガーフィッシュから絞った酢のまろやかな刺激臭が漂う。
腹の虫に急かされるまま、大きく一口咥え込んだハクトは途端に目を白黒させる。
しゃっきり玉ねぎかと思ったみじん切りの添え物の正体は、べギラ大根だったのだ。
一瞬にして灼熱に至る口内のみならず、冷えきった指の先までしっかりと暖まった気分になる。
ただ辛いだけでなく、噛み切ればパリッと張りのある音とともにソーセージに閉じ込められた肉汁が弾け、甘い脂が程良く辛味と混じり合い、シンプルな料理からは予想だにしない深みをもたらしている。
溶岩の塊にでもなったかのような舌をなだめようとグラスに手を伸ばせば、注文を受けてから搾ったレモン果汁の新鮮な酸味と、痛いくらいの大粒の炭酸が荒々しく口内をリセットしてくれる。
戦闘に続き重労働も終えた後という事もあり、瞬く間に2つのホットドッグは姿を消した。
「…そうか!君がハクトくんか!!マージンさんから聞いているよ。どうりで、私のことを知っていたわけだね」
食後に今度はガムシロを混ぜた甘いレモンスカッシュを潤滑油代わりに、束の間、ヒッサァとハクトの話が弾んだ。
魔法建築工房『OZ』におけるおにぎりパーティの記憶はまだヒッサァにも新しい。
雰囲気に酔っ払ったマージンから、耳にタコを量産する勢いで聞かされ続けた息子の自慢話を思い出し、ヒッサァの頬は緩む。
そんなことはつゆ知らず、咥えたレモンスカッシュのストローの先、ポツポツと噴き上がっては弾ける炭酸の粒をじっと見つめ、ハクトは不安を募らせる。
父は一体、どのように自分を紹介したのだろう?
直接聞けば済む話だ。
しかし、その問いを投げる勇気が、今のハクトには無い。
ちびちびと、レモンスカッシュにそぐわぬ飲み方を繰り返した後、逡巡の果てにハクトが切り出したのは、全く別の話題だった。
「あの…えっと、その、グローブを盗んでいったあの人…イルマさん、でしたっけ?何者なんですか?」
「…申し訳ない、それは私の受けている依頼に関わる話なんだ。詳しくは話せない」
「そっか、うん、そうですよね」
クエストには、守秘義務というものがある。
例え相手が家族であろうと、父マージンも母ティードも、受注しているクエストの情報は胸に秘め、必要がないのに話しはしない。
当たり前のことだ。
しかしそれでも今のハクトは、この場にいるのが自分ではなくマージンであったのなら、ヒッサァはどのような対応をとったのだろうかと、詮無い事を考えてしまう。
(なるほど…難しい年頃、か…)
会話の流れとハクトの浮かない表情を見て、ヒッサァはハクトの様子に思い当たる節があった。
イルマとの戦闘においては一方的に庇い立てする形になり、僅かに目にした程度であるが、ハクトの身のこなしはマージンから聞かされている彼の年齢を思えば、遥かに卓越しているレベルにある。
伝聞のみではあるが、自作の強化スーツも合わせることを考えれば、一端の冒険者としてやっていけるレベルと言っても過言ではないように映る。
だからこそだろう。
相応以上の相手と比較し、自分を卑下してしまう。
自分にも、そういう頃があった。
(マージンさんに断りもなくはいささか気が引けますが、ここは一肌脱ぐといたしましょうか)
懐かしくもむず痒い気持ちに緩みそうになる頬を、レモンスカッシュで引き締める。
「ハクトくん。私としばらく、パーティを組まないかい?」
悩める若者を放っておけない性分のヒッサァは、ハクトにとって思いも寄らない提案を繰り出すのだった。 続く