「よぅし、じゃ、行こうか!」
チームアップ初日。
待ち合わせの場所に現れたヒッサァは、何故だかねじり鉢巻きにハンマーを携え、大きなはしごを抱えていた。
「記念すべき我々の初クエストは、教会の屋根修理だよ!」
「はい!!頑張ります!」
人の役に立つ大事なクエストだが、華々しい仕事ではない。
しかし、嘘偽りなく全力で応えるハクトの様子に、ヒッサァはあらためて彼のひととなりに感動した。
ハクトは布地らしきものがパンパンに詰まったリュックをヒッサァから引き受け、郊外の教会を目指す。
「お待ちしておりました」
まさしく首を長くしてというべきか、教会の入口でずっと待っていた様子のシスターが二人を出迎える。
「依頼主のイザベラさんですね。よろしくお願いします」
あまり来客も多くはないのだろう。
見知らぬ相手の来訪に、イザベラの背後からわっと子供たちが飛び出し、あっという間にヒッサァとハクトは取り囲まれ、質問攻めに遭う。
「…でもごめんなさい、お二人とは聞いていなくて」子供たちをたしなめつつも、イザベラは少々表情を曇らせた。
「ああ、いえ、そこは急遽変わったもので、お気になさらず。報酬もそのままで大丈夫ですから」
教会の財政が厳しそうなのは、ハクトでも見て分かる。
マッスルポーズに構えた上腕二頭筋に子供を2、3人ぶら下げながらヒッサァはイザベラの不安を払うと、ハクトには子供たちの相手をお願いし、さっそく作業に取り掛かる。
「なるほど、なるほど…。イザベラさん!このあたり、ほんの少し厚みが増すと思いますが、よろしいですか~!?」
「はい!構いませ~ん!お願いします~!」
ヒッサァのハリのある声は遥か屋根の上からでもハッキリ聞こえる。
腐っている部分を少し余裕をもって切り取り、滅菌のために断面を炙った後、寸法を合わせて接木し、その上から水分を弾くみずたまドラゴンのなめし革を下葺き材として打ち付ける。
そうして、本職と言っても過言ではない手際で修理を終えはしごを降りれば、すっかり子供たちに体力を吸われ倒れ伏したハクトの姿が目に映る。
「子供たちの遊び相手にもなっていただいて、本当に何から何まで申し訳ありません」
「はっはっはっ、何の何の。朝飯、いや、昼飯前ですよ。ね、ハクトくん」
「………は、はぁい…問題無し、です」
土を舐めたまま片腕を僅かに上げ、何とかハクトは返事を絞り出した。
「うふふ。御礼、というのもおこがましいですが、昼食をご用意してます。是非、お召し上がりになって下さいな」
「おお、かたじけないです」
具材の種類こそ少ないながらも、それぞれの旨味がよく滲み出し、歯応えも柔らかく仕上がったポトフは絶品で、ヒッサァもハクトもそれこそ孤児院の子供たちに溶け込んで舌鼓を打ったのであった。
心地よい満足感に包まれた帰り道。
不意にヒッサァはハクトに切り出す。
「ハクトくん。先程のようなクエストは、今後君が冒険者として本格的に活動を始めた暁には、受注をオススメしない。何故だかわかるかい?」
確かにハクトには、建築物修繕のノウハウは無い。
だが、技術的な面を理由にヒッサァは問うている訳では無いだろう。
ハクトはあらためてクエスト内容を脳内で精査し、結論を絞り出した。
「えっと………採算が合わない、から…ですか?」
ひょっとしたら怒られるのではないかと不安になりつつも、正直な意見を述べる。
今回ヒッサァが用意した建材。
余剰を除き使った分だけで考えても、明らかに報酬よりも値の張る、上質な素材ばかりであった。
加えて費やした時間も、勿論考慮しなくてはならない。
さらには、ただでさえ少ない報酬を、ハクトと折半である。
明らかに費用対効果が伴っていないクエストであることは、ハクトでなくても気付く。
実際、依頼書の隅に書かれたクエスト発注日は、もう随分と前のものだ。
誰にも目向きもされず、放置されていたのだろう。
「その通り!イザベラさんのポトフは絶品だったし、子供たちの笑顔も見れた。私にとっては、満足のいく仕事さ。しかし、稼ぎはない。むしろ大赤字さ。君がご両親のように冒険者としてやっていくつもりならば、クエストが生きる糧を稼ぐためのものであることは、必ず念頭に置いてほしい」
「…はい。でも」
「ん?」
「ヒッサァさんみたいに、こういうクエストも、受注できる冒険者になりたいです」
「ふふ、そうだね。未来を担う君がそういう優しさを持った少年であることは、とても嬉しいよ」
仕事のスタンスは人それぞれ。
それこそ、自分の考えを押し付けて良いものではない。
それでもハクトの志を、満面の笑みで喜ぶヒッサァであった。
続く