「ええ、コントラクションオーブと名付けました。まだ試作段階で魔力消費が激しいのが問題だけれど、効果範囲内の呪文を最小ランクに軽減できるわ。これがあれば、エクステンドグローブにも対抗できるはず」「こんなに小さなサイズで…。凄い」
横から覗き込むハクトもまた感嘆の声を漏らす。
事件からまだ日も浅く、加えて効果を目の当たりにした訳では無いが、おきょうが言うのだから間違いはないだろう。
「先日は為す術もなかったが、これで少しはイルマさんと落ち着いて話もできるだろう。ありがとうございます、おきょう博士」
「博覧会襲撃並びに発明品強奪の件、ドルブレイブとしても協力できれば良いのだけれど、生憎手一杯なの。こんなことしかできなくて、ゴメンなさいね」
その目の下を染める極太なクマを前にして、おきょうを責める者などいようはずもない。
そこから繰り広げられた、コントラクションオーブの代価を一切受け取ろうとしないおきょうと、無理矢理にでもせめて材料費だけは持ち帰らせようというヒッサァの白熱の舌戦をハクトは一生忘れる事はないだろう。
果たして軍配はヒッサァにあがり、ともに激闘を終えて汗の輝く笑顔を交わし合い、おきょうと別れる。
「…せめてアラモンド鉱山の外まで送らなくても良かったのでしょうか?」
おきょうはドルブレイブの一員とはいえ、いやだからこそ、ハクトは恨みをもつ相手からの襲撃を心配した。
「彼女は私達よりもよっぽど、この街の歩き方を知っているよ」
それは、およそ信用というものが何の役にも立たないこの魔窟アラモンドにおいて、おきょうがツケ払いを可能としている事が何よりも物語っている。
「事実は小説よりも奇なり。アラモンド鉱山がドルブレイブ始まりの地であり、秘密基地の一つが存在するというのは恐らく事実なのだろうね」
魔窟アラモンドの存在を理由に、件の娯楽小説『アカックブレイブ誕生秘話』において、舞台がアラモンド鉱山となっていることを何かの間違い、果ては犯罪者を欺くためのブラフではないかと唱える読者の数は少なくない。
ハクトもまた、何を隠そうその一人である。
「だったら何故、ドルブレイブはここを野放しにしているんですか?」
魔窟アラモンドは全容を知る者が居ないほどに広大だ。
確かにドルブレイブの秘密基地が存在してもおかしくはない。
だが、であればこの犯罪の温床と呼ぶべき街を放置している理由がハクトには見当がつかない。
「アストルティアはね、懐が深い世界なのさ。『アカックブレイブ誕生秘話』を参照させて頂くならば、おきょう博士もまた、その辺でくだを巻く者達と同じく、この魔窟アラモンドに流れ着いた1人と言える。限りなく黒に近い灰色から、まばゆい光が生まれることもあるんだ。ほら、ハクトくんだって、さっき食べたパフェはとっても美味しかっただろう?」
「…ええ、まあ、確かに」
今ひとつ合点はいかないが、パフェの味を思い起こせばそれだけで頬が緩む。
世界は白と黒では割り切れない。
ハクトがそれを飲み込めるようになるには、まだ時間がかかるだろう。
だが、魔窟アラモンドに触れたことは、その一助となるに違いない。
コントラクションオーブよりも大きなその収穫を胸に、魔窟アラモンドを後にする二人であった。
続く