「はあっ、生き返るぅ!」
一日の終わり、薄ピンク色の華やかなビキニアーマーに着替えたマユミは、肌の保湿に効果の高い新鮮なミルクで満たした彼女専用のバスタブに浸り、甘い香りを放つグラスの中身をなめると雄叫びとともに満面の笑みを浮かべた。
赤ちゃんが生まれて初めて浮かべた微笑みが妖精に生まれ変わるなんておとぎ話が現実であるとすれば、その末路はあまりにも残酷すぎる。
きっと耳触りの良い作り話に違いないとクマヤンは心の中で結論づけた。
グラスの中身が焼酎やビールなどのいかにもな酒でなく、プクレット地方で酒造りの為だけに栽培された林檎を用いた上品なシードルであることがせめてもの救いである。
そんな、本日の閉店後のクマヤン酒場は、誰に告げたわけでもないのに常連客達が各々持ち寄った祝の品でカウンター上が溢れかえっている。
最近は掛け持ちの武具商人も軌道に乗って、その結果、仕入れのために店を閉める日も増えたというのに有り難いことだと、皿を拭きながらクマヤンは微笑みを浮かべた。
一通り片付けを終えたところでふと思い出す。
もうかれこれ長い付き合いになる相棒、マユミの誕生日を、何だかんだはぐらかされ続け、クマヤンは知らないのだ。
お互いに気心知れた仲であるとは自負している。
である以上、教えてくれないのは何か嫌な思い出でもあるのか、そもそも妖精にはそういう風習がないのか、はたまた、ひょっとしたら昔のこと過ぎて単純に忘れているのかもしれない。
もはや無理には聞くまいが、自分の誕生日のついでに、ちょっとした贅沢を押し付けてもバチは当たらないだろう。
テーブルを埋める戴き物に目を走らせると、丸形の堅焼きクラッカー、マユミからの贈り物のマロングラッセ、カマンベールチーズを手にとった。
冷蔵ボックスから取り出したクリームを泡立てて、熱で少し柔らかくしたチーズをスプーンですくい、混ぜ入れる。
更に糖蜜シロップとブランデーのよく染み込んだマロングラッセを3粒分、微塵に刻み、ふんだんにクリームにブレンドした。
クラッカーを台座に、仕上がったマロンチーズクリームを螺旋に絞って、山頂にも2つに割ったマロングラッセを飾れば、アップルシードルと相性の良い、即席のモンブランの出来上がりである。
「お嬢様、こちらマスターからの心付けでございます」
などと、おどけて見せながらマユミのバスタブの隣にそっとケーキを給仕する。
「うわ、これ、私が贈ったやつ?もう使ってくれたんだ!」
妖精の彼女にはもちろんオーバーサイズのケーキだが、自分用と同じ大きさで用意するのがクマヤンなりの礼儀である。
「美味しい!これ、定番メニューに入れようよ!」
小さいスプーンでクリームをすくい頬張れば、満面の笑みが浮かぶ。
「考えておこう」
そう答えながらも、クマヤンにその気はない。
その後もシードルにケーキをツマミに、他愛ない話を咲かせ、自身の誕生日と、マユミの誕生日じゃない日祝いの特別なケーキを味わいながら、贅沢な時間を過ごした二人であった。
~Happy Birthday~