一悶着ののち、其々の前に並ぶ、ともすればフライパンのような薄い鉄鍋の上には、たっぷりの野菜と羊肉がふつふつと蕩けた味噌の輝きをまとっている。
焦げる手前まで熱せられた味噌ダレの芳ばしい香りは揮発した料理酒のクセも織り交ぜて、何とも食欲をそそる。
そして強い味噌の味は羊肉のクセを包み込むとともに、野菜の滋味を吸い極上の衣となって食材に寄り添う。
ヨシツネ焼きと呼ばれる、エルトナ大陸北西部に伝わる郷土料理だ。
そこが口なんだ、と驚くいなり姉妹をよそに、シジマもまた大人しく座し、カミハルムイの大名を思わせる美しい所作で、しかし言葉を発する時と異なり、常識で考えれば顎にあたる位置、モンスターらしく牙の並んだ口をぱっくりと開けて、いなりに供された料理を頂く。
「…美味しい…と、思います」
「そうだろうそうだろう!私の許嫁は料理の腕も達者なんだ!!」
「…妄言は程々にしないと肉取り上げますよ」
「そんな殺生な!?」
生きることは戦うこと。
食事もまた然り。
取り上げると告げたときにはもう既に、かげろうの鍋から半分ほど、特製の味噌ダレで煮詰め焼かれた羊肉はいなりの口へと消えていた。
「…ほら、焦げてしまうから」
「あ、はい。いただきます」
「いっただきま~す」
いなりに促され、義妹のオスシとヤマもまた箸をとる。
予期せぬ来客を交えての会食となってしまったが、変わらず美味しい食事は舌を楽しませ、心を和ませる。
「………………………」
いつしか箸を置き、シジマは皆の団欒の様子をじっと見つめていた。
「首を切り落とすだけでは、学べないこともある」
諭すようにかげろうはシジマに向け呟いた。
「…そのようですね。今一度、学び方も含め、見直す必要があるようです」
シジマはすっくと立ち上がる。
「重ね重ね、勉強になりました」
出会い頭と同じ様に、深く一礼。
「行くのか。今度は何処に?」
かげろうはシジマには目を向けず、食後の一献を傾けつつ尋ねた。
「とりあえず、ツスクルへ向かおうかと。学び舎というものに、興味があります」
「そうか。くれぐれも…」
「はい。戦いも挑みますが、首は斬りません。その方が、多くを学べる」
相変わらず盃に目を向けるかげろうをまっすぐ見つめ、シジマは竹を割ったような返事を告げると、一同に背を向ける。
「いな姉、行かせてよかったの?」
立ち去るシジマの背を見送りつつ、ヤマがいなりに尋ねた。
「かげろう様が見逃すというなら、しょうがない。まあ、あの様子なら、手当り次第に人を傷つけたりはしないでしょう」
どこか穏やかな表情でもはや米粒のようなシジマを見やるいなりに、今度はオスシが現実を突き付ける。
「いや、いなり姉様、扉の修理は…」
「あ~~~~~~~~~っ!!!そうだった!!直しに戻って来い!!!馬鹿野郎~~~ッ!!」
棚引く味噌の残り香とともに、いなりの絶叫が空へと昇るのであった。
完