「お静かに」
「…す、すみません」
ヒッサァの脈をとっていたモノクルをはめた白衣のプクリポからたしなめられ、ハクトはペコリと頭を下げる。
「大丈夫なんですか?ヒッサァさんは…」
「消耗が激しいですが、生命に別状はありません。しかし目覚めるまでにはあと数日はかかるでしょう」
「そうですか…」
取り急ぎ医師とのやり取りを終えた所で、ようやくハクトはクマヤンとマユミの姿に気付く。
「クマヤンさんに、マユミさんも!どうしてこちらに?」
酒場に顔を出すにはまだ若すぎるハクトだが、夜遊びの口止め料代わりにマージンに連れられ、すっかりクマヤンの酒場の常連客となっているのだ。
マスターが下戸であることも幸いしてか、クマヤンの酒場は食事のメニューが充実していることも、ハクトがヘビーユーザーとなった一因である。
ちなみにハクトの大好物は特製スパイスのたっぷりまぶされたヤゲン軟骨の唐揚げだ。
「…コレのことで呼ばれてね。ちなみに、何か知ってたりするかな?」
記憶を手繰る為、もはや珍妙な舞を踊っているようにしか見えないマユミをよそに、クマヤンは親指でクイッと呪いの炎を指差した。
「う~ん…僕とヒッサァさんが追っていたのは氷を操る相手で…この炎は初めて見ますね…」
「そうか…残念だ」
かくなる上、もはや悩み過ぎて邪神像のような姿勢で唸るマユミに全ては託された。
「それはそれとして。この装置を君に…」
ヒッサァの持ち物をハクトに渡そうとしたクマヤンを、メギストリス兵が慌てて止めに入るが、クマヤンが装置に添えられていたメモを見せると納得して引き下がる。
メモにはただ一言、『ハクト君にこれを託す』と書かれていた。
「これは…」
コントラクションオーブに取り付けられた、見慣れぬ機械。
勿論初めて見る代物ではあるが、その造りを見ればすぐに分かる。
これは、おきょう博士の手による物だ。
クマヤンの目の前で装置を触っているうち、ハクトの表情はみるみる鋭くなっていく。
その顔はまさしく、滅多にお目にかかれないが真剣な時のマージンそのもので、思い立って踵を返し、装置を手に挨拶もそこそこに宿屋から飛び出していく頼もしい姿をクマヤンは見送った。
「あ~~~っ!!!思い出した!!!!!!」
そして時同じくして、クマヤンの頼もしい相棒もまた、鬨の声をあげたのであった。
それはさかのぼること500年の少し手前。
ウェナ諸島の辺境に佇むルシナ村へ向かう、クマヤンとマユミの姿があった。
姿形は瓜二つなれど、長命の妖精族であるマユミと異なり、隣を歩くクマヤンは、もちろんグレンで酒場兼武器商人を営むクマヤンとは別人、遠く遥かご先祖様にあたる初代のクマヤンである。
旅の道連れはあと一人、クマヤンの目的地であるルシナ村の村人でありながら、ひょんなことから保護した魔狼、ガルムを群れに返してやるべく放浪の旅を続けていた弓使いレオナルド。
「…レイダメテスの残り火から生まれたモンスターか。しばらく帰らないうちに、厄介そうな話が持ち上がっているな」
クマヤンとレオナルドは失われた記録を巡る冒険の折に面識があり、村へと続く街道にて偶然再会し、ともに道行く事となったのだ。
レオナルドもまた、ガルムの家族を無事見つけ出し、ルシナ村へと帰るところだったという。
「うむ。呪いの黒炎をまとった禍々しき太陽。サイズこそ小さいが、もし成長でもされたら…。ルシナの戦士たちが一時しのぎとはいえ、封印を果たしてくれたのは実に僥倖だった」
しかして不完全な封印を補い盤石にする為、クマヤンに依頼が舞い込んだというわけである。
「所以は分からないが、『巨星のカケラ』と呼ばれる材質はとても強い封魔の力を持つ。それを固めて月の形の檻を造った」
「ほう」
持ってみるかと差し出されたそれを、レオナルドはやんわりと断りつつも、クマヤンの手に握られた檻とやらをまじまじと眺めた。
檻を見たとき、レオナルドの一瞬怯むような表情が気にはなったが、さもありなん。
ルビーのように鮮烈な赤。
材質の色のせいで、月と言うよりは太陽のようであり、その鮮やかさは血をも連想させる不気味さをはらんで、素直に綺麗とは言い難い。
檻を懐にしまい、やがて村が見えてこようかという時。
「そいつから離れろ!クマヤン!!」
すっかり耳に馴染んだレオナルドの鋭い声が、何故だか隣からではなく前方、ルシナ村の方から響き渡るのだった。
続く