雷をまとった深緑の矢が飛来し、クマヤンの隣を歩いていたレオナルドの頭を撃ち貫く。
「うおっ…!?」
「えっ?ちょ…レオナ…うわっ、何こいつ!?」
血飛沫ではなく質量を感じさせる黒い影を撒き散らしながら、クマヤンの隣で頭を半分ほど吹き飛ばされたレオナルドがたたらを踏んだ。
「…ちっ、生きていたのか」
残る頭の右半分、血走った瞳でレオナルドがレオナルドを睨みつける。
村の入口、門の櫓の上で次の矢を番えるレオナルドは身体のそこかしこに包帯を巻かれたボロボロの姿ながら、輪郭を失いつつある自分の姿をした影を鋭く睨み返す。
「いけっ!ガルム!!」
弓を引き絞ると同時、レオナルドの掛け声とともに櫓から焔の塊とみまごうほどの赤い魔狼が躍り出た。
あっという間に影との距離を詰めたガルムは大きく開いたあぎとで腰を中程まで食い千切る。
かろうじて繋がる胴体に間髪入れずレオナルドの放った矢が2発、3発と突き立つが、完全にシャドー系統のモンスターの姿をあらわにした敵の身体を水に当たったようにすり抜けてしまう。
「…やはり殺しきれないか。ワッサンボン、奴もまとめて封印しよう!僕とガルムで広場まで誘導する!」言うなり、レオナルドは櫓から身を翻し飛び降りた。
「あ~~~もう、病み上がってないってのに!思いきりがいいのは美徳だと思うけどさ!!」
すっかり取り残される形となったルシナの村人にしてドワーフの踊り子ワッサンボンは、ぼやきながらも櫓の上で猛々しく舞い、包帯だらけの優男にせめて荒神の鼓舞を送る。
実体を持たぬ身なれど、矢に属性を付加されれば痛手にはなる。
正体を暴かれた以上、もはやクマヤンと仲良しごっこの必要もない。
千々に分たれた身体を繋ぎ直した影は、ガルムとレオナルドの追撃が来る前にと、クマヤンの持つ檻を狙って鉤爪を伸ばす。
「まったく、慌ただしいな。しかし、それが何とも、俺たち冒険者らしいじゃないか!」
「笑い事じゃないわよ!納品したら終わりの楽な旅路と思ったのに!」
突然のエンカウントにもクマヤンは動じず、むしろかっかと笑って見せる。
マユミはそんな相棒に文句をぶつけながらも、ピオリムを唱えてクマヤンのサポートに動く。
傷をつけようとすれば当然、影とて実体を伴う。
とはいえ腰から抜いた護身用のジャンビーヤをもって、ピンポイントで爪の先端を打ち払い、攻撃をいなすことができたのはマユミによるピオリムの効果が大きい。
尚も諦めず伸びる二撃目を地に転がって回避と同時に影と距離を取ったところで、間に本物のレオナルドが割って入る。
「クマヤン、村へ向かって、封印の準備を進めてくれ!必ずコイツもそこまで連れて行く!」
「心得た!待っているぞ」
偽物を見抜けなかったとはいえ、かつて『太陰の一族』との最前線を戦い抜いた戦士団の実力は知っている。
その場を任せ、クマヤンは村の中へと急ぐ。
「こっちだ!案内する!!」
ワッサンボンは絶やさず踊りを振る舞い、櫓から飛び降りる様すらも舞の一部に組み込んで、効果範囲のギリギリまでレオナルドに援護を続けながら、クマヤンとマユミを誘う。
「これは…一目瞭然だな」
誘導を受けるまでもなく、村に入ればその中央、幾重にも光を帯びた鎖や縄に捕らわれて薄ら笑いを歪め、ちらちらとアメジストの如き妖艶な紫炎をくゆらす漆黒の太陽が嫌でも目にとまる。
拘束から逃れようともがく度、結ばれた先の家屋が大きく軋みを上げていた。
続く