※Ver.4のネタバレを含みます。ご容赦下さい※
多少はクマヤンを招聘した甲斐があり、所以が異なるのであれば、怪我人であるヒッサァと共に呪物を置いておく必要もないと、黒炎は厳重な封印を保ちつつ運び出された。
未だ意識は戻らぬものの、看護の人員も最小限に絞られ、すっかり星の瞬く時間である今、ヒッサァを見守るものは、壁に立て掛けられた一振りの槍のみである。
それはもちろん、イルマに折られたクアドラピアーではなく、ヒッサァが旅の道連れとしている預かり物の槍だ。
猛々しくも壮絶な覚悟を秘めた王の如き、ブラッドとゴールドに染め上げられた不死鳥のやり。
そんな、オルセコ部族の至宝に見守られながら、ヒッサァは一人、夢を見ていた。
まだ自分が幼き日のことだ。
ヒッサァの祖父が焚き火の上に鉄鍋を吊るして、大きな木べらをゆるりと手繰れば、たちまちあたりにトマトの甘酸っぱい香りが広がり、時折唐辛子の刺激が鼻を貫く。
揚げたまんまるポテトとの相性は言わずもがな、パンに挟む、パスタに絡める、目玉焼きに添える、ありとあらゆるシーンで大活躍する、集落の誰しもが大好物としている特製のチリコンカン。
鉄鍋の中に満たされた、沢山の採れたてのびっくりトマトの転じた赤い海を、形も大きさも多種多様な豆と挽肉、刻んだジャンボ玉ネギが優雅に泳ぐ。
やがて煮詰まり全体に味が馴染み、完成を迎えたチリコンカンは、一列に並んだ人々の持つ器によそわれていく。
やがてヒッサァも木彫りの器になみなみと受け取り、零さぬよう慎重に、しかし冷めてしまう前にと駆け足で、森に分け入り奥へ奥へと進んでいった。
「…お~い、私だよ、出ておいで!」
ヒッサァの呼びかける声を聞き、おずおずと小さなスライムがにじり寄る。
「今日はお土産もあるんだ!一緒に食べよう!!」
「ぴきっ!」
当然、返ってくるのは鳴き声のみだが、ヒッサァの言葉は伝わっているらしく、スライムはちょこんとヒッサァの横に座るように進み出ると、パクッと口を大きく開けた。
「ほらっ」
彼の為に用意した小さな木の匙で一口差し出すと、ごくんと丸呑み、唐辛子の影響か一瞬真っ赤になったあと、ぷるぷると全身を震わせ、もう一口をねだるようにヒッサァを見上げる。
そんな穏やかな時間、友に語るのはいつだって、大好きな祖父に対する愚痴である。
祖父の背負う、古びた槍。
それは、ヒッサァ達、オルセコ部族と呼ばれる一族に代々受け継がれる、最強の男の証なのだという。
いつかは自分もこの背にその槍をと、何度となく槍術の指導を祖父に乞うたヒッサァだが、その度に物干し竿を渡され、習わされるのは棍で身を守る術ばかり。まだ私が幼いからだろうか?
祖父の真意を図りかね、最近ではもはや嫌がらせを受けているのではないかとすら思うようになっていた。
そんな物思いに耽っていたものだから、迫る脅威に気付くのが遅れた。
「ゴガアァァァ…!!!」
か弱き一人と一匹を前に、年老いたごうけつぐまは猛り狂った雄叫びを上げるのだった。
続く