「何が、起こった…?」
意識を狩られなかったのは奇跡に等しい。
至近距離で起こった爆発の影響で星の回る頭を殴って整えたイルマの眼前には、三日月のように口を歪めて笑う巨大な生首が浮かんでいた。
「………!?」
イルマと目が合ったのを確認し、その不気味な笑顔はより歪さを増す。
よく見れば縮れた髪の毛のように見えたものは揺らめく黒紫の炎。
それは生首などではなく闇を凝り固めたような、漆黒の太陽だった。
「ぐぅ…っ…!!」
太陽が大口を開いた途端、凄まじい熱波が巻き起こり、再びイルマの身体が舞い、遥か離れた廃屋に叩きつけられ、そのままずるりと滑るように地に落ちた。
先程のお返しとばかりに、イザベラの顔のみを残した影の塊が近付き、首を掴み引きずりあげる。
「ああ…何だ、随分と懐かしい感じがすると思えば、あのときのガキじゃあないか…」
愉悦に醜く歪んだイザベラの面がイルマに近付く。
「いいゾぉ、実にココちが良い!お前の憎しみ、無念、最っ高だァ!!!…本当に誤算だったよ。記憶をコピーできるというのも考えものだなぁ。まさか、飲まれちまうとは。おかげで随分とおままごとに付き合わされたが、それも今日で仕舞いだ」
影は、イザベラの顔で絶望を突き付けることが、何よりもイルマの心を抉り、極上の負の感情を生み出すということを分かっているのだ。
「………な」
ぎりぎりと絞められる気道から振り絞ったかすかな声が漏れる。
「あん?」
「これ以上、先生の姿を騙るな!!」
形だけの耳を近付けた影、そこに貼り付いたイザベラの相貌が、イルマの拳で爆ぜた。
「がはッ…ゴホっ…ごほっ…」
咳き込みながらも、ようやくありついた空気を存分に吸い込み、肺をふくらませる。
拳に手応えはあった。
如何にエレメント系と思しき相手であろうと、属性を込めればこの拳は届くのだ。
「良かったよ」
ミアキスから奪った気と魔力をミックスし、全身に巡らせる。
「不安だったのさ。本当はイザベラ先生はちゃんと生きていて、一人で悪い夢を見ているだけなんじゃないかってな」
長い放浪の果て、ようやくのことでイザベラの居場所を突き止め、様子をうかがった時、イルマは衝撃を受けた。
そこに居たのは、あまりにもイルマの良く知るイザベラ先生だったのだ。
到底、姿形を模しただけであるとは思えなかった。
あの日の記憶は全てデタラメで、ただ幻を見ただけだったとしたら、どんなに良かったか。
残念ながら杞憂に終わった願望に見切りをつけ、ゆらりと身体を起こす影を睨みつける。
ゴボゴボと泥水が噴き上げるように再生していく頭部に象られたのは、見たことのない顔だった。
顔につれて足先まで、ゾワゾワと蠢く影だった身体が形を結んでいく。
背中に向かい流れる銀髪に黄緑のショートマント。
軽装な上半身に対し、下半身は神兵のグリーブでがっしりと護られている。
「いやはや、みすぼらしいシスターでは分が悪い。知り得る最強のメモリーでお相手しよう」
最後に漆黒の弓矢を拵えて、影の変容が完成する。
「さあ、今よりも魔物の脅威が苛烈な時代を生きた古の弓兵を相手に、何処まで立ち回れるかな?」
挑発の言葉とともに、影の頭上に浮かぶ漆黒の太陽から影が零れ落ち、それらもまた変容をとげて、同じく500年前、太陽の戦士団に所属した弓兵、レオナルドを象った。
3体の偽レオナルドがそれぞれに呪炎の矢をつがい、天へと撃ち放てば、矢は上空で細かく分かたれ無数の火種となり、イルマのもとへと降り注ぐ。
間一髪、横に飛んで逃れた背後で、巨大な剣山でも押し当てられたように穴だらけになった廃屋が崩れ落ちる。
「休む暇はないぞ」
引き続き矢は曲線を描いてこちらを追尾するように追いすがって来るかと思えば、別の矢は回避先を予想して音の速さで一直線に駆け抜ける。
ひたすらに回避を続ける果てに膝を着いたところを目掛けて、浮かんでニタニタと笑っているだけだった漆黒の太陽から極大の呪炎が放出される。
「『雪月華』!」
回避の暇はない。
系統上最高の攻撃範囲と威力を誇る氷拳の奥義を、盾の代わりに投げ打つ。
エクステンショングローブの効果も乗算された極大の氷華はしかし、絶えず吹き掛けられる呪炎を受けて儚く砕け散った。
続く