「…ジュエ、大丈夫か?」
クエストを終え、相棒の起こした爆発に舞ったテンガロンハットを拾い被り直すと、グレンの荒野を根城とする冒険者キャトルは今にも蹲りそうな相棒に声をかけた。
「ん…ああ…」
ジュエの顔色が常軌を逸する白さなのは今更だが、このところはより磨きがかかっているように見える。
「なんでもない」
そうキャトルに答え、込み上げている吐き気を呑み戻す。
実際、このところ調子は良くない。
強烈な吐き気と目眩、倦怠感。
そして…何百年と感じることの無かった空腹感と、酸味あるものを食べたいという欲求。
その不調の原因に、思い当たる節はある。
数奇な運命を辿ってきたとて、途方もなく長生きをしてきたのだから、それは当たり前の知識として知っている。
しかし…この模造品の竜の呪いを受け、真っ当な老いすら訪れない出鱈目な身体で、そんな訳はない…はずだ。
そんな痩せ我慢のような思い込みに反して、ジュエに宿った新しい命はすくすくと大きくなり、やがて産声をあげた。
「鼻の穴ん中で、ばくだんいわが弾けたかと思うくらいキツかった…」
「それはまた…壮絶だな…」
その痛み、苦しみはキャトルが体験できるものではない。
せめて、右腕でしっかりと我が子を抱き支えながら、未だ荒い呼吸で横たわるジュエの、額に浮かぶ球のような汗を拭ってやる。
この子はどんな人生を送るのだろう。
どれだけ考えても予想もつかない幸せな問いに頭を悩ませる。
やがて我が子の温もりを抱き締めながら、ジュエとともに長い長い夜を抜けたキャトルはうっかりベッドサイドの安楽椅子で眠りについてしまった。
「…生まれて初めてだ。描きたいと想って、絵を描くのは」
キャトルはまるで水の塊でも抱えているかのように、この上なく丁寧に赤子を抱きしめていて、落ちる心配も無さそうだ。
父親の腕の中で、揃って穏やかな寝息をたてる息子を優しく見つめながら、導かれるように手は動く。
木炭紙の上をチャコールペンシルがなぞる静かな音は、優しく響き続けた。
…
……
………
その日から、何十年と時が流れた。
「ケーキをさ。爆発させたいのよね」
「イカれとんのかお前」
マージン同様、その妻ティードもまた、フィズルにとって傭兵団サンドストーム以来の長い付き合いである。
しかし穏やかな昼下り、あまりにも突拍子もない事を言われれば、罵倒の一つも口を突いて出よう。
「いやさほら、もうすぐマーちゃんの誕生日なのよ」「あ~…」
一瞬正気を疑ったが、送る相手を聞けばなるほどである。
「むしろ爆発しなかったら、がっかりするまであるな」
「でしょ?」
かくして、陽炎衆の一人にして花火師のきみどりの協力を得て、世界に一つだけの特別なケーキが爆誕することとなる。
「…という背景があってだね」
テーブルの上のケーキ(?)を見るなり眉間にしわを寄せたフツキに対し、フィズルは丁寧に説明を終えた。
「いや馬鹿ですかあんたら」
フツキは説明も話半分に、誕生日を祝う華々しいケーキ…というよりはかなり出来の良い大砲の模型と化したチョコレートケーキを見やる。
ブッシュドノエルとでも言うつもりか、かろうじて切り株に見せようとした悪あがきの痕跡がなお痛々しい。
しかしながらフツキもまた、マージンならばきっとこれで喜ぶのだろうと思うし、さりとて、自分がクリームにまみれるのは御免である。
ティードとフィズルにハクトも同様に考え、それをきみどりが見事に汲み取って爆発に指向性を持たせることとして、結果このような仕上がりになったのは至極、自然な流れと言える。
やがて主賓が現れ、間もなく轟音が鳴り響いた。
月日は流れ、囲む顔ぶれは変わろうとも、今日という日に優しい想いが満ちていることに変わりはない。
そして、最初の誕生日に描かれた赤ん坊の絵が、その様子を額縁の中から静かに見守っているのだった。
~Happy Birthday~