「………で、どうすんだい?」
一夜明け、とはいえ時間にしてわずか数時間だというのに、布団で身動きの取れないイルマを前に、ミアキスは包帯こそ巻かれているが、ぴんしゃんと仁王立っている。
やはり化け物だ、とは誰もが口が裂けても言えないが、何となく考えは3人の顔に貼り付いたどん引きの表情と目線でバレている気はする。
「兎にも角にも…罪を償うのが先です」
会場における器物破損に強盗行為、警備員の中には入院を伴う怪我をさせてしまった者もいるだろう。
全てが終わった今、償いはしなければならない。
「…何とかなんないのかい、ヒッサァ?」
「無茶を仰る…。でもまあ、そうですね。気絶した私と共に孤児院に残されていた呪炎。あれは今、メギストリスでちょっとした騒ぎになっていましてね。その発生源を絶つ為であったと言えばまあ、情状酌量は通るでしょう。これは、回収できたことですしね」
ヒッサァはひらひらとエクステンドグローブを持ち上げてみせる。
事が終わり、イルマとしても、もはや必要は無くなったのだ。
「しかしそれでは…」
許されていいはずがない。
偽りの存在とはいえ、イザベラの命を断ったことに対する罰を受けねばという気持ちが、イルマを縛っているのだ。
「…償い方は、いくらでもある。あの子達には今すぐ、イザベラに代わる家族が必要だ」
「あ…」
恐る恐ると部屋の中を覗き込む子供たちと、目線がぶつかる。
不安と戸惑い。
イザベラ先生の教会に辿り着く前の自分と同じ瞳が並んでいた。
「アンタは、あの子達の姉にあたるわけだし、適任だと思うがね」
復讐の先など、これまで考えたことがなかった。
先生が最後にくれた言葉を、反芻する。
しかし、いつか訪れる終わりであったとしても、自分はいわば、彼らにとって先生の仇にも等しい。
それは流石に、おこがましい話だ。
そんな逡巡するイルマの背中を、ミアキスはそっと後押しする。
「色々、押し付けるような物言いをしちまった上で、なんだが。…アンタは、どうしたいんだい、イルマ」それは、目標などという確かなものではない。
無理にでも名を付けるのであれば、憧れとようやく呼べるような曖昧な代物だ。
それでも。
「………………………先生の、あの人の生き方を、辿ってみたいと思います」
「…そうかい。ま、そういうわけで、さっきの案、何とか色々頼んだよ、ヒッサァ」
「仕方ないですね…。イルマさんと再び暮らせますようにというのが、貴女の依頼でしたし」
「ばっ…!下働きが皆辞めちまって、人手が足りないからだよ!みなまで言う馬鹿があるか!!…ああ、もう!坊主ども!!腹減ってるだろ!何が食いたい?片っ端から、作ってやるよ!」
真っ赤になった顔をイルマに見られぬよう、子供たちを引き連れて、ミアキスは逃げるように一階へと降りていく。
「…良いお母さんですね」
「ああ…。私は本当に…出逢いに恵まれた…」
「………母さんだなんて冗談じゃないよ!姉さんだ、姉さん!ミアキスお姉さん!!ほら、復唱してごらん!」
しんみりなんてさせるものかとばかりに、階下から子供たちにとんでもない無茶を言う声がする。
本当の親は顔すら知らない。
それでも私には、二人の母がいる。
イザベラ先生と、ミアキス師匠。
おかげでこれからも、歩いていける。
自分の人生を、しっかりと。
やがて、『虎酒家』は中華飯店兼孤児院などという、摩訶不思議な業態へと変貌を遂げ、高名な我流の武闘家を何人も輩出することとなるのだが、それはまだ、少し先の話である。
~完~