(…コノ個体…実ニ、興味深イ…)
金属の壁への高速での衝突という絶体絶命の危機を運良く脱することのできた所以ともなった緑色の燐光。それはアカックブレイブの体内から漏れ出したかのように見えた。
アカックブレイブの腰部、魔装ベルトの中から誰よりもその現象をつぶさに観察したユートピアは、早々に分析に取り掛かっていた。
(構成要素…ボロヌジウム…アルケミダスト………………他一種ヲ確認…該当無シ…)
片っ端から文献にアクセス、成分照合を行ったが、何かの植物にまつわる素材と思しき成分に関しては確認が取れず終わった。
密室とも呼べる空間からの脱出を果たした作用。
コントロールができれば大きな力となるが、現状分析出来ないなら致し方ない。
それよりもまず重要な事は、ユートピアを内包する魔装ベルトは装着者とともに高速で落下中ということだ。
アカックブレイブがドルブレイブ基地から予期せぬ転移を果たした先は、エルトナ大陸の遥かな上空であった。
現在の高度と落下速度からダメージを冷静に計算する。
いかに屈強なオーガ種といえど即死は免れない。
魔装ベルトも重大な損傷を負うだろう。
それを修復する技術力も材料も、ユートピアの知りうる限りは現存しない。
せっかく理想の機械を手に入れたというのに残念でならない。
しかし、構造は把握した。
今は無理でも、いずれ再現はできるだろう。
先程まで潜伏していたドルバリオンとやらも居心地は悪くなかった。
とりあえずはそちらに戻れば良いこと。
既に500年も待ったのだ。
10年か20年か、それしき僅かな差である。
ベルトに見切りをつけ、手近な機械モンスターへと自らを転送しようとした刹那、ユートピアは高速で接近する機影を捉える。
取り急ぎはと、無駄は承知でベルトの持つ救難信号を飛ばしていたのだが、それが功を奏したのだろうか。
しかし、発信しておいてなんであるが、信号は現存するどんな通信プロトコルとも異なり、まともに受信できる相手などいないはずだ。
そして対象の接近速度は定軌を逸している。
(コノ、エンジンパルスハ、タケヤリヘイノモノ…シカシ…。局地線仕様カ?ソシテモウ一機。我ト、オナジヨウナ存在ヲ、カンジル…)
謎が解けるよりも早く、その存在はユートピアの前に現れた。
機械仕掛けの少女は走りざま民家の屋根に軽々と飛び乗り、更にそこを足場に高く跳躍し、アカックブレイブを無事受け止め、着地した。
見た目以上の自重にアカックブレイブの重さも加わり、着地の衝撃で地面は大きく削れ、地震のようにあたりが揺れる。
たけやりへいとは似ても似つかぬそのスマートな体型は、エルフのそれによく似ていた。
全身は黒を基調とし、あちこちに濃紺と金が散りばめられ、手脚の刺々しいアーマーは一目で戦闘用と判別できる禍々しさを放っている。
そしてもう一人、いや、一本。
その背に負われた一角の獅子を模した槍と、少女は何やら状況の照らし合わせを行っているようだ。
「…ケラウノス、大変だ。空から姐御が降ってきたぞ!」
「………否定。髪の色も違う。この個体はセ~クスィ~では…いや…待て…遺伝子情報が100%一致…?馬鹿な…」
本人は勿論、フタバにすら内緒の話ではあるが、ケラウノスはセ~クスィ~の魔装ベルトにおきょう博士も気付かぬほど巧妙に位置発信プログラムを仕込んでいる。
セ~クスィ~はどうにもフタバを甘やかしてしまう傾向があり、来訪の際には食が偏ってしまうので、接近する様子があれば予めフタバの嫌う野菜を大量に摂取させておく為だ。
その信号によればアカックブレイブの魔装ベルトは確かに同じ大陸でこそあれ、遥か遠方に反応を示している。
「怪我をしてるな。具合も悪そうだ。とにかく劇場の二階へ…」
困惑するケラウノスを背に、フタバは我が家へ向けて走り出す。
その振動に誘われてか、不意に、お姫様抱っこの格好で支えられたアカックブレイブの目がうっすらと開いた。
「姐御!大丈夫か!?しっかりしろ!」
語りかける懐かしい声、漆黒のヘルメットの中に覗く兄譲りの整ったエルフの少女の顔立ち。
「…ミ…ク」
懐かしさとともにその末路を思い出し、心にはしった疼くような激痛により、僅かな囁きを残しアカックブレイブは再び意識を失った。
「…ミク?39?…姐御は算数が苦手になったのか?」
「馬鹿を言っている場合ではない。まずは手当だ」
「馬鹿っていう奴が馬鹿なんだぞ!」
まだまだ散々言い返したい言葉はあるが、ぐっと飲み込んで先を急ぐ28号ことフタバであった。
続く