「「………」」
アカックブレイブからの話を聴き終え、おきょうとケラウノスは一様に言葉を失っていた。
長い沈黙の果て、ようやくおきょうが重苦しい空気に割って入った。
「…電子生命体、とでも言うべきかしら…私たちアストルティアの民ともモンスター達とも違う存在…それがそんなカタストロフィをもたらすなんて…」
聞かされた被害の規模は、とても衝撃的なものであった。
「マシン系モンスターで明確な自我を持つ個体は稀である。上位権限として命令を下されれば従ってしまう。そも、機械ゆえの正確性と頑丈さは折り紙付きだ。個々で活動する事の多いマシン系モンスターに統率をとらせた際の侵攻力は計り知れない」
ケラウノス自身、設計者であるケルビンに操られ、不本意ながらフタバを傷つけてしまった苦い過去がある。
未来から来たというアカックブレイブの説明通りの相手であれば、上位存在としてマシン系モンスター全般に指令権限を獲得するに至ってもおかしくはない。
「…成り行き上、仕方なく正体を明かしたが、それにより歴史にどのような影響が出るかわからない。他の皆には他言無用で頼む」
ベッドに腰掛けたままながら、アカックブレイブは深々と頭を下げる。
「難しいことをさらりと言ってくれるわね。まあそこも貴女らしいのだけれど…。ともあれ、基地を破壊した理由は分かりました」
一つの大きな問題が片付いたものの、さっそくの新たな難題により生みだされた眉間のシワを揉みほぐす。「早急にハクギンとフタバのセキュリティを強化する必要がある。そちらの魔装ベルトには敵の情報も蓄積されていることと思う。共有を要望する」
アカックブレイブにより明かされた、最悪の未来。
知ってしまった以上、出来る対策はすべて行わなければ。
「ああ、勿論構わないが…。ケラウーノス、ちょっと待ってくれ、フタバとは一体だ…」
その時、アカックブレイブの言葉を掻き消して、二階の窓を突き破りフタバが帰還した。
未だ破天荒で世間知らずなところはあるが、いくらなんでも住み慣れた我が家の扉や階段を使いこなせないフタバではない。
そのままの勢いで壁に叩きつけられるフタバの介抱に向かうより先、自ずと目が向いた壁の大穴の外には、アカックブレイブにとって最悪の光景が広がっていた。
組み付いたフタバを投げ払った荒々しい姿勢のまま佇む、親の顔よりも馴染みある真紅のシルエット。
自らが展開するときと異なりメットオンの状態であるが、亀裂の入ったガントレットを備えたその姿は、自身が未来より持ち込んだ魔装に相違ない。
「まさか…そこにいたのか…」
魔装ベルトのバックルを中心に全身へ時折流れる黒紫の雷光に、ぞくりと背筋に怖気が走る。
それはまさに、荒廃した未来で、迫りくるユートピア配下のマシン系モンスターがその身にまとっていた光である。
「どうしたんだ兄上!俺がわからないのか!?」
戸惑い必死に呼ぶ声が耳朶をうつ。
もう二度と繰り返すまいと誓った光景が、再現されようとしている。
アカックブレイブは未だダメージの残る身体でケラウノスを手に取り、文字通り壁の穴から転がり落ちるようにハクギンブレイブの前へと躍り出た。
すぐさま踏みつけようとする脚を避け、ケラウノスの石突の方で払って退ける。
そのまま一進一退の互角の組み合いが繰り返された。
当然ながら魔装もなく、目眩で直立すら困難で、握るケラウノスの重みに引きずられるような動きであるが、アカックブレイブとハクギンブレイブが何とか戦いの体裁をなしているのは、理由がある。
ユートピアの狙いが、アカックブレイブの魔装ベルトの破壊に有るからである。
「提言。まことに遺憾ではある。遺憾ではあるが………ハクギンブレイブの救出は諦めるべきだ」
今手に握るケラウーノスもまた、その結論に至ったようだ。
「頼む………黙っていてくれ」
被害の拡大を防ぐ事を最優先に考えれば、ケラウーノスの判断は正しい。
どのタイミングかは分からないが、魔装ベルトに潜り込んだユートピアは、そこに保存された記録にアクセスしたはずだ。
そこには調べうる限りのユートピアの情報、そして何よりも…まだこの時代のケラウーノスにも博士にも打ち明けていない、ユートピアを倒すために未来の博士に託されたワクチンプログラムも秘められている。
意思持つプログラムであるユートピアは、自ら魔装ベルトを破壊する為の爪や牙を持たない。
それ故にハクギンブレイブに取り付き、このような強硬手段に打って出たのだ。
既にベルトの中に、ユートピアの本体は居るまい。
ハクギンブレイブを行動不能にし、魔装ベルト内の対ユートピアデータを回収する。
そう、する、べき…だ。
噛み締められたその唇から、一筋の血が滴るのであった。
続く