浮かぶでも沈むでもなく、ただ水の中にとぷりと全身が浸かっている。
宝石と意志を繋いだ際の、お馴染みの感覚だ。
やがて、ぽつりぽつりと雨にうたれるように、宝石の記憶が流れ込んでくるだろう。
しかし、夜行石のそれは、これまでのどんな宝石とも違って、ただただ途方も無かった。
ある者は、天賦の才を持ちながら、生まれつき病弱であった。
夜行石は健全な身体を与えると囁きかけ、手に入れた身体の慣らしだと、その晩、宿主が入院していた治療院で鏖殺を行った。
ある者は、たった一人の妻の忘れ形見のため、没落した家の復興と引き換えに危険な任務に赴いた。
事切れようとする刹那の、せめてもう一度娘に会いたいという願いに夜行石はつけこみ、やがて10年の後、男は自ら娘を手にかける事となった。
幼くして親を失った少女は、やがて師に恵まれ、父親譲りの剣の才を伸ばした。
憧れの剣士の御庭番として大成するも、父の姿をした鬼を前に隙が生まれ、相打つこととなる。
今際の際、夜行石の邪悪な性質を感じ取り宿主とされることを拒絶するも、無理矢理にその身体を操られ、今に至る。
1人、また1人。
夜行石の宿主となった者たちの記憶が、無念が、妄執が、雪崩のようにじにーへと流れ込む。
(…駄…目………多すぎ…る…一体どれ…け…私が………消え…)
意識が擦り切れそうになる瞬間、じにーはぐいと誰かに強く腕を引かれた。
五百年にも渡る記憶を追体験したじにーだったが、現実の時間にして1秒も無かったのだろう。
気が付けば空を舞っており、その手には確かに夜行石が握られている。
じにーは、夜行石を取り巻く怨念に触れて、夜行石が膨大な魔力を持ち得る理由を知った。
幾度宿主を乗り換え、その度に宿主を、また、その周りの者たちを不幸の底に突き落とし、自らを呪わせそれを糧にしているのだ。
怒りに食いしめた歯がみしりと音を鳴らす。
じにーは宝石が好きだ。
宝石はどれもキラキラしていて、身につければそれに見合う自分であろうと、背筋を正してくれる。
互いに美しくあろうと、共に高め合ってくれるパートナーだ。
だからこそ、夜行石の身勝手な振る舞いが、どうしても許せない。
夜行石を 両手に掴み直し、ありったけの魔力を注ぎ入れる。
飛ばすでも弾けさせるでもなく、ただただ単純に朽ち果てるまで、ありったけの怒りを込める。
とうに魔力は枯渇しているが、代わりに生命力まで燃やし、遂には夜行石に罅が入り始めた。
「砕け、ろおォォォッ…!!!」
次第にビシビシと音をあげ、罅は全体に行き渡り、その割れ目からは閃光が迸る。
「………いかん!」
刑部の叫び声が遠く聞こえた次の瞬間、朝日と見紛うほどの光にあたりは包まれるのであった。
続く