「………そうか。最近顔を見ないと思ったが…逝ったのか、あの道楽狸は」
話を聴き終えたミアキスの意外な第一声にリーネは驚いた。
「刑部殿を、ご存知でしたか」
「ああ…。ウチに飯を食いに来たやつは、皆大事な家族みたいなもんだ。………誰一人、忘れられるもんかね」
満面の笑みで美味い、美味いと口にしながら、その実、何も感じ得ていない空虚を漂わせていた一匹の常連客を、ミアキスは思い起こす。
美味いを美味いと、楽しいを楽しいと、最後の刹那にでも再び受け止める事ができたのなら、それはせめて、幸せな帰結と言えるのだろう。
いつか自分の飯で、腹の底から旨いと言わせてやりたかったと悔しく思ってしまうのは、業腹というものだ。
「あいつの犠牲があったから、今日こうしてアタシらは生きてるわけか…随分と格好つけたもんだねぇ」
これ以上、夜行石の犠牲者は出さないと誓ったじにー。
その中には勿論、じにー自身も含まれる。
うっかりまとめて吹き飛ぼうものなら、それこそたぬきちにあわせる顔がない。
そうして考え抜かれた方法が、ピンクパールによる封印であった。
この状態で魔力を流せば、爆発を抑えつつ夜行石を砕く事ができる。
あとは別件で今日ここに足を運べなかったじにーに手渡せば、一件落着。
「ちょっとそれ、貸してくれないかい?」
しかし唐突に、ミアキスがひょいとリーネのポーチに指をさす。
「えっ?でも…」
『虎』の夜行石はじにーの宝石魔術で封印された状態とはいえ、ミアキスの腕であればその解除は容易いだろう。
「今更、こんな婆の姿でしみったれながら長生きしようって趣味はないよ」
「………」
ミアキスが夜行石を悪用することはあるまい。
とはいえ真意が掴めず、リーネは沈黙する他ない。
「…あ~、その、なんだ。昔の男に、お別れを言っておきたいのさ。……はぁ、みなまで言わすんじゃないよ…」
やれやれとミアキスはそっぽを向きながら、指先で頬を掻く。
「どうぞ」
そうであれば、断る理由などない。
リーネを不安にさせないよう、目の届くところでどっかと腰掛ける。
「…ん?」
「いいから、あんたもそっぽ向くの!」
炒飯ののっていた皿を片手にミアキスとリーネの話の流れをまったく見ていなかったマージンがどったの?と覗き込もうとし、ティードに耳を引っ張られる。
これから投げかけられるであろうミアキスの言葉は、第三者が聞くべきものではない。
「…くだらない代物になびきやがって、この浮気野郎」
リーネからの話にあった。
死体に憑依した場合、その身は10年しか保たない。ということはやはり、アイツは生きながらにして、自ら夜行石を受け入れたということだ。
この情けない末路が、せめて自分の意志の帰結だったと確認できただけでも、この数十年、骨を折った甲斐はあった。
「地獄ってのが本当にあるのか知らないが、どうせアンタと同じところに堕ちるさ。そん時ゃ、アタシの気が済むまで、何度でもズタズタに引き裂いてやるから、首洗って待ってな」
この上もなく物騒な話をうそぶきながらも、どこか憑き物が落ちたような顔を陽射しが柔らかに包む。
「ありがとうよ」
虎の夜行石はあらためてリーネの手に戻る。
「さぁて…マージン、やってくんな」
「…あいよ」
もはや廃屋とも呼べぬほどに荒れた虎酒家。
長話の間にすっかり真上にまで登りかけた太陽のもと、弔いの火があがる。
マージンの発破により綺麗さっぱり更地になった虎酒家を背に、ミアキスはにかりと笑う。
「ああ!スッキリしたねぇ!!…今更、刑部の精進落としでもねぇだろうが…新しい店の準備が整ったら、じにーもいなりもかげろうも、家族友人引き連れて、皆で食いに来な!」
「「「それはもう、是非とも!!!」」」
続く