「………ふぅ…これでよし」
しこたま虹をかけたあとで、何に満足したのかわからないが、ケルビンはシャキッと立ち上がった。
全身から迸る謎のオーラで髪を金色に染め上げ竜を押し留めるメタルソウラであるが、今回もまた当然制限時間がある。
「さて、久しぶりだからな…上手くいくかどうか。おい!さっきの手練手管、貴様らは占い師だろう?ありったけの補助を、姉とやらにかけてやれ!」
いわば操られている状態、サンプル587に包まれた内部のマーニャはあくまでも仲間である。
ミネアとユクは、何のつもりなのかは知らないが、ケルビンに命ぜられるままにありとあらゆる向上効果をタロットを引いた矢先からどんどんと載せていく。
「よし、よし、よしよしよし…」
タロットの導く輝きを目の当たりにしながら、ケルビンは指と肩をポキパキと鳴らして詠唱に取り掛かる。発明家に必要な要素は数あれど、最も大事なものは発想力、言い換えれば、『遊び心』である。
その極至たる奇天烈極まるその呪文を、ケルビンも当然唱えることが可能である。
「きたきたきたーッ!………貴様ら、あとはせいぜい、姉の幸運を祈るんだな」
無機質で不穏な言葉とともに、ケルビンを起点とし唐突に沸き起こる魔力の奔流。
『パ・ル・プ・ン・テ!!!』
それを他ならぬマーニャにぶつけるつもりであると悟ったミネアとユクが止める間もなく、まばゆい光がメタルソウラもろともマーニャとサンプル587に降り注ぐ。
「姉さんっ!!」
「ミネアさん、駄目っ!」
ユクは飛び散り舞い来る石材の破片にこめかみを切られながらも、マーニャを助けんと今なおそびえる光の帯の只中に飛び込まんとするミネアを必死に抱きとめる。
「御願い、離してくださいッ!姉さん!姉さん!!」信用に値しない男の甘言に乗ってしまった。
その後悔にも後押しされ、ジリジリと前に出るミネアとユクの眼の前で、ようやく光が消え果てる。
「姉さん…っ!?」
焦げ付いた事により、更に赤黒く色を変えた竜の姿がそこにある。
黒煙とともに伸し掛かる静寂の中に、僅か、ピシピシと卵の殻に亀裂が走るような音が響き始めた。
「………この光は…一体?」
訝しむユクの眼前で、音とともに竜の体表に走り拡がるヒビの隙間から、先まで降り注いでいたものと同じ光が刺し貫くように漏れ出てくる。
「上手くいったか。まあ、吾輩の呪文なのだからな、さもありなん」
サンプル587を弱体化させるには、現在依代となっているドラゴラムにて竜化した術者を『何とか』しなくてはならない。
ドラゴラムを解除する術は2つ。
いてつくはどうか、術者の死である。
しかしながらサンプル587に覆われた状態では、使えたとていてつくはどうによる解除は不可能。
であればシンプルに、術者を殺せば良い。
この場に仲間や、よしんば親族がいようとなんらそこに躊躇することはないケルビンであるが、今日この場においては、極めて珍しいとある事象を確認したいという好奇心が勝った。
パルプンテにより稀に発動するまばゆい光は、鎧などの対象の防御を貫通する。
故に、サンプル587を透過し、マーニャ自身にダメージを与える事ができる。
そして、稀に発動するまばゆい光に、加えて効果対象者が耐えきった時にだけ、とびきりのギフトが授けられるのだ。
なあに、失敗したとて、たかだか侵入者が1人死ぬだけ、いずれにせよサンプル587の弱体化という目的は適う。
しかしながら、ケルビンの計算は、けして外れない。「ぷはーーーッ!あ~っ、息苦しかった!!!」
まさに竜が卵から生まれいでるが如く、内包するマーニャが一回り大きくなった事により耐えきれなくなったサンプル587を内から千々に引き千切り、光り輝く竜が姿を現すのであった。
続く