ダイヤモンドダストのようにキラキラと光を反射し消えゆく様にもはや興味はないと、踵を返しメタルソウラを伴ってケルビンは歩み行く。
「持ちなさい!」
いつものドラゴラムともまた勝手の違う身体を何とか操り、マーニャはケルビンを呼び止めた。
「………礼なら要らんぞ。吾輩の城に侵入した不敬も特別に不問としてやる」
論点のズレは相も変わらず、しかし今回は意図的にずらしていると分かる間があった。
ケルビンは振り返りもせずひらひらと手を振り、未だに頭が逆さまについたままのメタルソウラと共に歩み続ける。
メタルソウラにも頭の向きの概念は一応あるらしく、しかし直すでもなく顔の正面に合わせて、逆向きの身体で後ずさるように進む様が何とも機械的で不気味であった。
「そのブリキ人形の中身を、置いていきなさい。それはとても危険な代物よ、あんたみたいなやつのもとには預けておけない」
「………『グランドラゴーンの頚椎』。これを狙っている連中が何者なのか、お前たちは知っているのか?」
ようやく歩みを止めたケルビンの問いかけに、マーニャからもミネアからも、よしんばユクからも、答えは無い。
それはユクもまた道中、ずっと疑問に思っていた。
操られていたマーニャが時折見せた、キョロキョロと辺りを探るような所作。
あの赤く気色の悪い粘性生物もまた、マーニャとミネアと同じ目的を持っていたのだとすれば、わざわざ体格に合わないこの城内を闊歩していた理由も合点がいく。
「やれやれ…そんなことだろうと思った。コイツはな、連中の手に渡るくらいなら、吾輩の手元にある方がよほど無害だ。いや、無害ではないか。それでも、貴様らに渡し、むざむざ奪われてしまうよりは、よっぽど良い」
ケルビンの言葉に、姉妹は息を呑む。
ミネアもマーニャも、バルザックに続き『グランドラゴーンの頚椎』、ひいては『おうごんのうでわ』の真価に気付く悪しき者が現れることを想定しこれまで動いていた。
しかしこのケルビンなる男も含め、その悪は、既に確かに存在するのだ。
「もう2度と、こんなヘマはしないわ!」
「絞り出した言葉がそれか。博打で身を滅ぼすヤツの常套句だな」
「「くっ…確かに…」」
「何納得してんの2人とも!?」
平素の姉が姉だけに、思わず姉の言葉の穴を突かれ納得しかけてしまった。
付き合いの短いユクでさえそう思うのだから、もうそれは致し方あるまい。
「やれやれ。もういいかね?これだけ派手に騒いだのだ。そろそろ煩わしい連中がやってくる。その前に吾輩は御暇させてもらう」
きっとあの忌々しい赤ゴリラがドルストライカーを駆ってこちらへ急行中に違いない。
その前にもう一つ、どうしても済ませておかねばならない事がある。
「待てって言ってんの!…ッて、あレ…身体、が…」「姉さん…!?」
「マーニャさん!?」
まるで犬が眠りにつくように、マーニャはゆっくりと地に身体を丸め、そのまま見る間に元の姿に戻ってしまった。
駆け寄った2人は、マーニャに意識はないものの、安らかな寝息にほっと胸を撫で下ろす。
「講釈してやろう。光り輝く竜への変化は、傷の回復や魔力の回復をもたらさない。ここまでずっとドラゴラムを維持、そんな状態で、マヒャドを唱えようとしたな?かがやくいきや、ふぶきにしておけばよかったのだ。まあ、光り輝く竜への変化は思考能力を鈍らせるという。そう都合良くはいかんだろうがな」
ミネアとユクには聞こえていないだろう。
3人に構わず広間を出たところで、ケルビンはこういう時の為に仕掛けた爆薬で扉を塞ぎ、追って来れぬようにしてしまったのだから。
明かりは残存する動力で復旧、空気穴は確保されているから酸素の問題はないし、匿名でドルブレイブに救助要請も出してやる。
強制的にではあるがパーティとして袖振り合った縁、実験用のモンスター程度には愛着が湧くものだ。
さて、出口はまだ遠い。
ケルビンは歩きざま、懐から御先祖様の手記を取り出すと、最後のページをはらりと開くのだった。
続く